第34話
如月の写真をインツタに投稿してから一週間は店にたくさんの女子中高生が来店し、黄色い声が絶えなかったが、暫くすると如月を囲う光景はなくなった。
インツタのフォロワーは三桁に突入し、少しずつ毎日増えている状態だ。
如月のファンも増えているが、店が混雑するようなことはない。かといって、インツタに投稿する前の光景に戻ったかというと、そうでもない。
如月目当ての客が増えたのは事実だ。
しかし、暇なことには変わりない。
そんな中、千奈津と如月、斉藤の三人で働いているとマネージャーがやってきた。隣には始めて見る男性がいる。
何も聞かされていなかった三人は、一体何の用だとマネージャーからの言葉を待つ。
「今日からバイトをしてもらう、井上くんです」
新人の井上は「井上です。よろしくお願いいたします」と軽く会釈をした。
長髪の井上は眼鏡をかけており、千奈津の第一印象は「ダサい男」であった。
バイトで自己紹介をする際、年齢を言うことはあまりない。個人的に「君何歳なの?」と訊ねなければ、教えてくれない。
千奈津の見立てでは、二十代後半だ。
二十代後半の男性で、フリーター。
雇用形態に拘らず労働する人は珍しくはないが、波瀬がどういう対応をするか興味がある。
フリーターを下に見る傾向があり、イケメンを好む波瀬だ。
如月が抜き出て顔が良いから霞んでしまいがちだが、海老原も斉藤も、容姿は悪くない。斉藤は前髪や黒装束で雰囲気がそれらしいだけかもしれないが、悪くはない。
男と女で態度を変える波瀬だが、井上相手だとどう出るのか。
「基本的に朝をメインにやってもらおうと思ってますが、人手が足りない場合は夕方もやってもらおうと思ってますので、重森さん教えてあげてください」
「あ、はい」
教育係を任された。
マネージャーは用が済んだので「それでは」と去って行った。
この店舗が嫌いなのだろうか、と思ってしまうほど、毎度すぐに帰っていく。
「重森と言います、よろしくお願いします」
「井上です、よろしくお願いいたします」
研修中と大きく書かれた札をぶらさげ、重森についていく。
「今までバイトは何をしてましたか?」
ニコニコショップで行う仕事は、レジ操作や品出し、検品など、他の雑貨屋でも変わりない作業だ。特別なことは何もない。
事務職だったり、キッチンや工場で働いていたのなら、一から教えなければならない。
ショップでの労働経験があれば、イメージがつきやすいため教えるのは楽だ。
だから今までのバイト歴が気になった。
「はぁ、その質問は業務に関係あるのでしょうか?」
新人を気にしていた如月と斉藤、そして千奈津は理解した。
あ、そういう人か。と。
「関係があるといえばあるのかな。似たところで働いてたら、業務内容をイメージしやすいかと思って」
「イメージしやすければいいというものではないと思います」
「え、うん、え?」
「わたくしに経験がないからといって、仕事ができないような扱いは失礼だと思いませんか? 経験がないから効率よくできないだろう、経験がないから覚えが悪いだろう。それはただの偏見です」
「誰もそんなこと言ってな……」
「わたくしは貴女より年上で新人ですが、軽んじられるのは納得がいきません」
如月と斉藤は、二人のやり取りを眺めて「うわぁ」と小さく声を出した。
千奈津が呆気にとられているのを横目に、二人は顔を寄せる。
「やばい奴が入ってきましたね」
「癖が強い」
「井上さん、でしたっけ。あの人と重森さんのシフトが被った日は、重森さんが教育係ってことですよね? うわぁ、大変ですよあれは」
「扱いにくそうだけど、取り敢えず今日一日様子を見るしかないね」
「重森さんに全部任せて、僕たちは様子見ってことですね」
「その言い方、悪意しかない」
「え、でも、そういうことですよね?」
「そういうことだよ」
触らぬ神に祟りなし。
癖が強いと判断したが、その癖の加減が出会って数分で分かるはずもない。
ここは何も話さず、触れず、関わらず、遠巻きで傍観するのが吉だ。
二人の方針が決まると、未だ千奈津に不満をぶつけている井上に体を向けた。
「確かにわたくしはフリーターですが、貴女方よりは立派に生きています。貴女方は親の金で大学へ行っている立場で、わたくしは一人で稼ぎ自立した人間です。軽んじるのは止めて頂きたい」
「は、はぁ」
「大学では真面目に講義を受けていますか? 親の金で通い、友達と楽しく過ごしているだけではないのですか? 自分の足で立っているわたくしを笑える立場なのですか?」
「は? いや、笑ってませんし、そもそも私は大学に行っていませんけど」
井上は静止し、まじまじと千奈津を観察する。
嫌な視線に顔を顰め、「何ですか?」と不機嫌さを含む声が出た。
「いや、失礼しました。貴女もフリーターなのですね。高校を卒業してすぐフリーターですか?」
「そうですよ」
「あぁ、なるほど。では正社員として働いたことは?」
「ありませけど」
「なるほどなるほど。そうでしたか。いや、失礼。いえ、わたくしは正社員として勤務したことがあるものですから、卒業後ずっとフリーターというのは珍しいわけです」
先程まで敵意むき出しであっが、今や頬を緩めて何度も頷いている。
そういうところ、波瀬と似ているな。
千奈津は冷めた瞳で波瀬の顔を浮かべた。




