第33話
「あの、ごめんなさいー」
千奈津はこれ以上ない程に眉を下げ、申し訳なさそうな声色を絞り出すと、女子たちは千奈津に気付き、ぱちくりと大きな瞳を瞬かせた。
最近の女子高生はお洒落で可愛い。千奈津よりも年下なのだが、千奈津よりも華がある。
クラスのカースト上位であろう彼女たちからの眼差しに負けそうになるが、後ろでは波瀬が見ている。
さて、どうしよう。
如月の仕事があるから、と言っても、だったら他の人が代わりにやればいいじゃん、と思われるだろう。如月にしかできない仕事、というものはない。如月の手が空いていないのであれば、他の人がやればいい。バイトをしている高校生はすぐに見破るだろう。
ここは嘘を吐かず、正直に、「他のお客様も来られるので、買わずに騒ぐだけなら帰ってください」をオブラートに包むしかない。
「他のお客様も来られる」というのがポイントだ。今、店内には如月を囲む女子たちのみだが、これから来るかもしれない客もいるのだ。その客がこの光景を見たら、店に入るのを躊躇ってしまうだろう。これから来る客なんてどうせ似たような女子中高生だろうが、嘘を吐くのではないから問題はない。
前からは如月と女子たちからの視線、後ろからは波瀬の視線。
前方から、後方から、痛いくらいに刺さる視線。
それを振り切るように、笑顔をつくる。
「……買いますか?」
短くまとめすぎた。
オブラートに包もうとした結果がこれだ。
何の反応もないので、千奈津は慌てて言葉を加えようとしたが優しい言い方がすぐに思いつかない。
しまった。この空気どうしよう。
口元を引き攣らせていると、如月が「ぶふっ」と笑いだした。
「はは、何それ」
「い、いや、その、他のお客様が来たら……」
オブラートに包めず、おろおろする千奈津の姿に、更に笑いが飛び出る。
「ごめんごめん。邪魔になるよね」
「あ、いや、その、道を塞いでるから、他のお客様が来た時に困るというか」
「そうだよね、ごめんごめん」
ぷくく、と未だに笑いを止めない如月を恨めしく思っていると、如月は「ごめんね、俺、レジに立つから、また会計の時にね」と、残念がる中高生を置いて移動した。
取り残された女子中高生に恨まれたくないので、千奈津もすぐにその場から離れた。
レジに立つ如月と会話をするため購入する商品を選ぶ者と、白けて帰ってしまう者に分かれた。
波瀬は如月の隣に移ろうとしたが、女子中学生に話しかけられたため、商品の説明を始めた。
数人が店内で商品を選んでいる最中、如月の手招きによって千奈津は呼び出された。
「ありがとう」
「えっ」
「どうやって解放されようか悩んでたから、助かったよ」
「そうなの? 困ってないように見えた」
「まあ、困ってなかったよ。そろそろ仕事しないと、って言って抜け出せたしね。でも抜け出すきっかけになったから、ありがとう」
「……波瀬さんから、如月くんが困ってるから助けに行くようにって言われたので」
「あぁ、そういうこと。困ってはなかったよ」
そうだと思った。
聞いているか、波瀬。如月先輩はやっぱり困ってなかったってよ。
そう大声を出したい。
「でも今日みたいに毎回囲まれるようだと困るよね?」
「まあ、毎回だとね。そうなったらずっとレジに立つよ」
会計場まで無駄話をしにくる人はいないだろう。いい逃げ場だ。
如月本人はこれっぽっちも困っている様子はない。
波瀬は千奈津と如月が並んで話しているのを見て、苛ついた。
先程の「買いますか?」と言って如月を笑わせていたのも苛ついたが、仲良くしている姿はもっと苛つく。
あの時「買いますか?」ではなくて他の言い方があったはずだ。あんな子どもみたいな台詞ではなく、大人らしく、中高生を蹴散らす言い方はいくらでもある。そう文句をぶつけたいが、今は千奈津の隣に如月がいる。文句を言いに行けば、如月も聞くことになり、波瀬の印象は悪くなるだろう。
臆することなく年上にも意見できる女、と如月に思ってもらえるかもしれないが、店内には普段よりも客がいるため「客が多いのに三人もレジにいてどうするの」と咎められるだろう。店内を巡回する店員がいないと、客からの質問がすべてレジ係へ行き、負担をかけてしまう。
波瀬は千奈津を睨むが、会計に来た客の対応でこちらには気づかない。
如月に「重森さんが如月先輩を助けに入ったのは、あたしの指示があったからです」と、年上に指示ができる女ということを伝えたかった。そして、如月を助けようと最初に働きかけたのは自分である、ということも伝えたかった。
レジに入れない波瀬は不機嫌なまま店内を歩き、コラボ商品のことなどで話しかけてくる中高生に、苛つきながら対応した。




