第30話
如月の写真を投稿した翌日、千奈津と波瀬と如月の三人体制だった。
千奈津がタイムカードを翳して店に出ると、後からやってきた波瀬に親の仇をとるかのような目で睨まれた。
如月がやってくると波瀬は如月の元へ行ったが、千奈津は睨まれるような覚えがない。
届いた商品の検品のため、如月がバックヤードへ行く。
いつもなら波瀬が「重森さん、検品行ってください」とでも言って、如月と二人きりになるべく千奈津を追い出すのだが今日は違った。
言いたいことがあるのだと察した千奈津は溜息を吐きたかった。
如月の姿が消えると、波瀬は千奈津に詰め寄った。
「重森さん、また勝手にインツタを更新しましたね」
「勝手にって、管理の話?」
「そうじゃなくて!」
声量が大きかったと本人も思ったのか、口に手を当てて声量を落とす。
「如月先輩の写真、上げましたね」
「うん」
「本人の了承は得たんですか?」
「う、うん」
「本当ですか? 如月先輩、嫌がってませんでした? 重森さんが気づかなかっただけじゃなくて?」
「普通だったけど」
如月の写真を投稿したのが、波瀬にとっては嫌なことだったのだろうか。
まだ話の意図がみえてこない。
よくわかっていない千奈津に、波瀬は一層顔を歪ませた。
「如月先輩は顔が良いんです。もちろん、それだけが魅力ではないですけど、如月先輩の顔が綺麗なのは重森さんも分かってますよね?」
「そりゃあ、うん」
「じゃあ、先輩の写真を投稿したらどうなるか考えなかったんですか!?」
どうなるか。
紹介した商品の売上が増えると思った。
そう回答したいが、波瀬の回答とは異なりそうだ。
波瀬の求める回答が分からず、黙り込んだ。
「インツタ、見ました?」
「昨日投稿してからは開いてないよ」
「じゃあ今すぐ見てください」
波瀬に言われるがまま、千奈津はポケットから携帯を取り出してインツタを開く。
昨日の投稿を出して、よくみると、コメントがある。いいねもついている。そしてフォロワーがとてつもなく増えていた。
コメント欄には「イケメン」「絶対買う」「この人誰?」の三つの反応が目立っていた。
今の時間は十六時。中学校も高校もまだ下校時間ではない。
この時間帯は客が少ないが、インツタの反応を見る限りこれからもっと客が増えることだろう。
「フォロワーが増えたのはいいことですけど、如月先輩の負担が増えたんですよ。どうするんですか?」
「負担って」
「今後、如月先輩目当ての女性客がわんさか来ることになって、先輩が対応に追われるんですよ」
そうか、つまり、如月が人気者になってしまったことが嫌なのか。
有名になると、女が寄ってくる。
今までは如月とゆっくり話す時間があったが、客が増えて忙しくなると、如月は女性客といる時間の方が多くなる。それを危惧しているのだ。
独占欲が波瀬を動かしている。
「どうしてくれるんですか。先輩の負担が増えるし、忙しくなったらバイトの数も増やさないといけなくなるんですよ」
そんなこと言われても。
敵意むき出しの波瀬に何を言っても火に油だ。
千奈津は黙って波瀬の言い分を聞く。
「重森さんには分からないと思いますが、顔が良い人っていうのは苦労が多いんです。先輩は大学でも色んな女の人が寄って来るし、バイト先でも女性客に言い寄られると、疲れてしまうんです。あたしたちだけでも心安らぐ場所にしてあげよう、という配慮が必要だとは思わないんですか?」
思わない。とは言えない。
そもそも本人が拒否していなかった。
波瀬の中で如月はアイドルと化しているらしい。
如月の容姿がいいのは明らかであるが、アイドルように扱おうと一考したことさえない。
言い寄る女が増量されるのを避けたいのだろうが、こればかりは仕方がない。如月は嫌だと思えば遠回しでも嫌と伝える。それがないので、嫌ではないのだ。どちらでもいい。これが本音だと、千奈津は解釈している。
千奈津を鋭く睨みつけていると、作業を終えた如月が扉を開けて二人の前に顔を出した。
「あれ、どうかした?」
二人の間に流れている空気が険悪なのを察知し、きょとんとする。
波瀬は先程とは別人のように笑顔をつくり「なんでもないですよ!」と如月の腕を軽く叩く。
如月の横にぴったりと張り付いて離れない。
増えたフォロワー、寄せられたコメントといいね。
今まで以上に如月との物理的距離を縮めている。
若い女性が入店すると、波瀬は高い声で「いらっしゃいませー」と響かせるが、如月から離れない。
客がいるというのに、腕と腕がくっ付く程の距離を保つ。
目当てのものを見つけた女性客はすぐにレジへと持って行き、波瀬が接客をする。
如月は邪魔にならないよう、波瀬から離れようとするが、波瀬に「先輩、もしよければ袋詰めお願いできますか?」と下手に出る。
忙しいはずもない如月は断ることができず、「うん、いいよ」と笑い、商品を袋に入れる。
袋詰めといっても、ポーチ一つを袋に入れるだけの作業だ。これくらい波瀬一人でもできるのだが、如月に袋詰めを任せる。
「お支払い方法はどうしますか?」
「バーコード決済で」
波瀬はバーコードをスキャンし、レシートを渡す。如月も袋に詰めた商品を渡し、客は帰って行った。
一人でできる作業であるが、如月の傍にいて、共同作業がしたい波瀬は二人でレジに立ちたいようだ。
客がバーコードを出すまでの間やレシートが出るまでの間で、ポーチ一つくらい簡単に袋へ入れることができる。たくさん購入したわけではないのだから、袋にぽいっと入れるだけだ。それを態々一人でやらなくてもいいだろう。
しかも如月はその場から離れようとしていた。
千奈津は咳払いをすることでもやもやを体の外へ放出しようとした。




