第18話
千奈津は黙って答えを探すが、単純なことしか浮かばない。斉藤が千奈津の回答を待っているので、浮かび上がった答えを順に口に出していく。
「シフトを代わってくれる。掃除を代わってくれる。仕事を手伝ってくれる」
「違います」
「仕事関係じゃないなら、奢ってくれるとか、恋のキューピットとか?」
「違います」
「もうギブ。正解は?」
バイト仲間に優しくする理由なんて、仕事を手伝ってもらえるとか、シフトを代わってもらえるとか、そういうことしかない。
もしかして如月への恋を応援させるためか、と思ったがそれも違うと言う。
それ以外に心当たりはない。
「僕からの好意が欲しいんですよ」
「好意? でも、波瀬さんは如月くんが好きでしょ」
「本当に分からないんですか?」
絶対分かってるでしょ、白々しい。そう言わんばかりに、斉藤の目がじとっと千奈津を見ている。
千奈津は「あー、はは」と曖昧に笑った。
波瀬のその気持ちが分からないでもない。
いや、分からないけれど、波瀬がとる行動として理解できるということだ。
好きな人がいても、男から好かれたい。応える気はないけど、好かれていたい。好意を向けられていたい。自分はモテているんだと実感したい。
「こんな地味で暗い男は、普段女に優しくされることはないだろうから、ちょっと優しくすればコロっと好きになるだろう、って思われてるんですよ」
そんなことないよ、と言おうとして偽善だなと思い、呑み込んだ。
確かに斉藤は、教室の隅で本を読んでいるような見た目だ。前髪で目を隠しているのは、人と目を合わせることができない程の臆病だと言っているようなもので、それが暗い印象を与える。
実際に喋ってみても、悪口やマイナスなことを発言することが多く、見た目通り性格も暗いなと受け取ってしまう。
しかし、一緒に働いているとそこまで暗くないことに気付く。
世間話はするし、自ら会話を振っていることもあるし、普通なのだ。
声が小さすぎて聞こえない、なんてこともない。
ただ、地味で暗い男という評価は間違っていない。「普段女に優しくされることはない」「ちょっと優しくすれば落ちる」という評価が下されるのも、当然といえば当然である。
「あー、確かにそんな感じがするな」と千奈津は一瞬でも思ってしまった。
「それって、下に見てるってことですよね。優しくされないお前にあたしが優しさを施してやる、どうせ惚れるんだろ。と思われてるってことですよね」
うん、と相槌も打ちにくい。
千奈津は「んー」と口を閉じたまま声を出すことで相槌を打つことにした。
「まあ、いいですけどね。腹が立ちますけど、別にいいですよ」
「あ、そうなの?」
下に見られているから死ぬ程嫌いだ、と続くのだと予想していたが、案外けろっとしている。
「腹が立って、如月さんとの仲をぶち壊してやろうと思ったことがあるんですよ」
「えっ! それは大ダメージ」
「はい、だから以前、如月さんにあの女のことをチクってみたんですよ」
「えっ!」
いつの間にそんなことをしていたのだ。
如月の性格からすれば、千奈津に「斉藤くんにこんなこと言われてさー」と打ち明けそうなものだが。
「そうしたら、そっかぁ、みたいな返事で終わりました。驚く素振りもなかったから、如月さんもあの女のことは知ってるんですね。如月さんみたいな、女に不自由しない人は女の本性を見抜いてるんだな、と凄く感心しました。海老原とは違うんですね」
「今、さりげなく海老原くんを馬鹿にしたね」
「如月さん、あの女を綺麗にあしらってたり、クソビッチ言動に乗ってあげてる時もあって、もしかしてあの女で楽しんでるのかな、と」
鋭い。
「如月さんならより取り見取りでしょうから、きっと揶揄ってるんですよね。そんなことに気付かず、猫なで声で擦り寄ってるあの女を見ると面白いです。馬鹿丸出しで」
「本当にいい性格してるよね」
「如月さんに彼女ができたらどうするんだろう、とか。如月さん目当ての常連女子高生と奪い合いをしないのかな、とか。そういうことを想像するのが楽しいです」
「あぁ、だから女子高生の話し声をよく聞いてるんだね」
「如月さんの話で盛り上がって、そこからあの女と一触即発にならないかなと」
「店で喧嘩してほしくないな」
この性格の悪さを波瀬は知っているのだろうか。
そんな疑問が浮かんだが、「如月さんに彼女ができたらあの女はきっと大泣きしてバイトを休んで、彼女のSNSを探して誹謗中傷をして、それが如月さんにバレて激怒されて嫌われて、バイトを辞めて僕たちに平穏が訪れるんです。若しくは如月さん目当ての常連と……」と、嬉々として妄想を披露するので、千奈津はきゃっきゃと楽しそうな斉藤を見守ることに徹する。
波瀬の不幸が大好物な斉藤は、美味しいものを食べたかのように頬を緩ませて、ふにゃっとした笑みをこぼしていた。