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第16話

 千奈津のシフトは十六時からだった。

 最近は昼から入ることが多かったので、久しぶりに夕方からの出勤である。

 昼過ぎまで寝て、ご飯を食べ、テレビを見ていたらいつの間にか出勤の時間になっており、慌てて家を出た。

 髪は雑にひとまとめにし、Tシャツとロングスカートの簡単なコーディネートで店に入る。

 どうやら今日の講義が一限しかなかった波瀬が昼から夕方までだったようで、千奈津は波瀬と交代した。

 出勤する前に「今日は誰と一緒かな」とシフト表を見るのだが、慌てて家を出る日はシフト表を確認しない。

 レジには海老原が立っており、斉藤は無心で商品を意味もなく触っている。


「重森さん、お久しぶりでーす」

「本当に久しぶりだよね、海老原くん」


 赤く染めている髪が目立つ海老原は大学生で、千奈津の一つ年下だ。

 海老原のシフトは空白が多く、長い間バイトを休んでいた。


「バイト休んで何してたの?」

「別のバイトっす」

「居酒屋だって?」

「居酒屋はそんなに行ってないっすね。最近はバーで働いてます」

「バー? 大学生でバー?」

「やばいっすよねー。講義中眠くて仕方ないんですわ」


 わっはっは、と笑う海老原だが「っていうことなんで、バーはもう辞めようかなって」と言い、千奈津は追いつけない。

 以前は居酒屋のバイトが忙しいから、とニコニコショップの出勤数を減らしていたはずだが、バーの話は初耳だ。


「飲んで接客するなんて最高じゃないですか。時給も良かったんですけど、大学の方を疎かにしちゃってるんで、さすがにもう無理かなー、と」

「海老原くんでも学校を優先したりするんだ」

「いや、俺のこと何だと思ってんすか。大学辞めてまで、あのバーで働く価値はないっす。俺は明るい場所で高額納税者になりたいんで」


 見た目はチャラチャラしているものの、そういうところは真面目のようだ。


「居酒屋のバイトも楽しいんで、ここと居酒屋の掛け持ちに戻します」

「じゃあまたシフトに入ってくれるってことだよね」

「そうっすね。でもここ、暇すぎるんでやりがいを感じないんですよねー。居酒屋の方が楽しいから、こっちに出勤する頻度は低くなりますけど」


 千奈津や如月は楽だからこそここを好んでいるのだが、海老原は暇よりも忙しい方を好む。

 如月は物腰柔らかく、自ら喋るよりも傾聴する方だが、海老原はぐいぐいと絡みに行くタイプだ。

 社交性のある二人だが、性格は正反対だ。


「そういえば、SNSの話聞きました?」

「SNS?」


 知らない、と首を横に振ると海老原はスマホを取り出してメッセージを千奈津に読ませる。

 マネージャーがグループに送信していたメッセージだ。千奈津は急いで出勤したので通知に気付かなかった。


「へえ、店舗のアカウント作るんだ」

「最近若い子たちはインツタっていう写真を投稿するアプリを使ってるじゃないですか。知ってます?」

「さすがに知ってる」

「それをうちでもやるらしいっす。アカウント開設するらしいんで、明日マネージャーが来る、ってメッセに書いてますね」

「海老原くん明日出勤?」

「休みっす。明日は、えーっと、朝は剛馬さん、昼から最後まで重森さん、夕方から如月さんと斉藤くん」

「げ、昼からマネージャー来たら嫌だな」

「来る時間は書いてないですねー」


 昼から夕方までは一人だ。その間にマネージャーが来たら、二人きりになってしまう。千奈津一人に説明をされても、覚えられないかもしれない。

 三人揃っている時間帯に来て説明してほしい。


「話すげえ変わるんですけど、波瀬さんとなんかありました?」

「えっ」


 本当に話が別の所へ飛んだ。

 波瀬とは先程交代したばかりだが、雰囲気は良くなかった。

 むすっと不機嫌そうにして、千奈津が「お疲れ様です」と言っても軽く首を動かしただけで返事はなかった。

 万引き娘の件を根に持っていることはすぐに分かった。

 波瀬に「生意気ですよ」「社会に出たら~」「あたしが損な役を~」と、散々攻撃された。

 そして極め付きは最後の報告書だ。如月は波瀬に帰るよう促して、千奈津と二人で報告書を作成すると言った。

 あの日は波瀬にとって、気に入らないことだらけだった。


「少し…...? なんでそんなこと聞くの?」

「波瀬さんが重森さんに嫌われてるってずっと言ってたんで」

「は、はぁ?」


 嫌われているのはこっちだ。


「重森さんが責任感を持って仕事しないから、波瀬さんが指摘したらしいっすね」

「ちょ、ちょ、はぁ?」

「だから自分は嫌われてるかもしれない、って波瀬さん落ち込んでましたよ」

「はぁ!?」


 何故、波瀬が被害者になっているのだ。

 波瀬が千奈津に対して行った指摘というものは、指摘ではなく負け惜しみであると千奈津は解釈している。

 大好きな如月を奪われた気分になり、どうにか千奈津を攻撃したかったのだ。

 仕事で手を抜いていると波瀬は指摘したが、客は少ない、仕事も少ない、そんな職場で手を抜かず取り組むということが理解できない。

 と、反論したいが万引き娘の際に如月と「見て見ぬ振りをしたい」と話していたため、手を抜いている事実はある。


「波瀬さんは一生懸命やってると思うんで、露骨に嫌うのはよくないと思います」


 まるで千奈津が悪いかのように言われ、「はぁ!?」と再度声を上げた。


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