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第15話

「変な校則ってあったでしょ。俺が通ってた高校は校則が緩かったから、そんなになかったけど、下着の色は白じゃないと駄目っていうのがあったよ」

「あ、それ、私の高校でもあったよ。靴下は真っ黒じゃないと駄目、靴は真っ白じゃないと駄目。ワンポイントも許されなかったな、懐かしい」

「そうなんだ、俺のところは許されてたけど、そんな変な校則って何のためにあるんだろうって思ったことが合ってさ。先生に聞いてみたことがあるんだけど、校則だからの一点張りでそれ以上の答えを貰えなかったんだよね」


 千奈津はそんなことを聞いたことはない。何でだろう、と思ったことはあるが誰も気にしていなかったし、服装検査の日だけきちんとしていれば反省文を書かされることはなかった。


「自分たちが理解していないことを生徒にさせようとするなんて、馬鹿だと思わない? どうしてそれが校則になっているかを聞いてるのに、校則だからって答えが返ってくるんだよ。笑っちゃうでしょ。俺の中の教師って、そういうイメージ」


 如月は偏差値の高い高校を卒業したはずだが、そんな学校にもそういう教師が存在するのかと、千奈津は意外だった。

 もし波瀬が教師となり、如月が通ったような高校へ配属になったらどうなるのだろう。

 教壇に立つ波瀬を想像するが、偉そうな物言いをする波瀬に利口な生徒が意地悪な質問をする場面しか浮かばない。

 賢い学生が通う高校に意地の悪い生徒はいないか、とその想像を打ち消すが、隣にいる如月を見て、いやいるかもしれないなと考え直した。


「千奈津ちゃんの言う通り、確かに波瀬さんは教師に向いてるかもね」


 自分の中の教師像を語った後にそんなことを言って意地の悪さを出す。

 こんな如月を目の当たりにしたら、波瀬は一体どんな反応をするのだろう。

 知らずに疎遠になりますように、と祈っていてあげよう。


「さっきも教師っぽいこと言ってたよね、なんだっけ、千奈津ちゃんは社会に出たらやっていけないんだっけ」

「あー、そうそう。いきなりすぎてすぐに反応できなかった」


 社会に出たらやっていけない。それは千奈津も同感である。

 友達は高校を卒業後、大学進学や専門学校へ通うか、正社員として会社で働いているかのどちらかである。フリーターになったのは千奈津だけだ。

 これ以上勉強する気はなかったので大学へも専門学校へも行っていない。一日八時間労働が基本であり、更には残業も待っていて、好きな時に休めず、責任が重く圧し掛かる正社員にもなりたくなかった。

 自由に働いて、自由に稼ぎたい。そう思ったからフリーターを選んだ。


「社会に出たら、って千奈津ちゃんもう社会に出てるのにね」

「そう、なるのかな?」

「店に立って働いてるんだから、そうでしょ。波瀬さんの言う社会って何を指してるんだろうね」


 難しい。

 社会の定義を微塵も気にしたことがない。

 頭が良いと考えることも違うようだ。


「如月くんは私に甘いんだってね。波瀬さんは損な役を引き受けて渋々私に指摘してくれたらしいよ」


 波瀬の言葉を思い出し、笑いがこみ上げてしまう。

 くすくす笑う千奈津と一緒に如月も笑った。


「俺、千奈津ちゃんに甘いのかな」

「波瀬さんよりは甘く接してくれてるよ」

「じゃあ千奈津ちゃんにも厳しくしようっと」

「えー、やだよ」

「波瀬さん曰く、千奈津ちゃんは仕事で手を抜くらしいから、もっとしっかり働かないと!波瀬さんが損な役をしてまで言ってくれたんだから、一生懸命、身を粉にして店のために貢献すべきだ!」

「如月くんがそれ言う?」

「俺は働きアリだから」

「堂々と嘘吐くじゃん」


 笑いながらも如月の指は動き続け、そしてピタリと止まった。

 千奈津が画面を覗き込むとぎっしりと文字で埋まっており、如月はそれをマネージャーに送信した。

 結局、報告書に関して千奈津はノータッチだった。

 何を書いたのかよく分からないが、氏名欄には如月の名前があった。報告書のことで千奈津が呼び出されることはないので、読む必要はない。

 如月はパソコンを閉じると、「やっと終わった」と脱力した。


「お疲れ様。帰る?」


 背もたれに全体重を預けている如月に訊ねると「あー」と、肯定でも否定でもない返事をされた。

 帰ろう、と返ってこないので千奈津は座ったまま如月に視線を向ける。


「はぁ、なんか彼女欲しくなった」

「急にどうしたの」


 ちょっと疲れた今、甘やかしてくれる存在がほしくなったのだろうか。


「なんか今彼女がほしい。いや欲しくない」

「どっちなの」

「欲しくない」


 綺麗な顔をしているし、温厚な態度で接する如月は彼女くらいすぐにできるだろう。

 しかし、今まで如月から彼女の話を聞いたことがない。千奈津から彼女について訊ねたこともないので、色恋の話をした記憶はない。

 波瀬なら如月にそういう質問をしたことがあるかもしれないが、波瀬からも如月の色恋について聞かされたことはない。


「如月くんならすぐ彼女できそうだけどね」

「まあ、そうなんだけど」

「否定しないんだ」

「だって事実だから。むしろ俺に彼女ができない、なんてことあると思う?」

「……なさそう」


 ちょっと悔しい。

 だらしない体勢でキラキラスマイルを千奈津に向けている如月。千奈津はイラっとし、椅子の足を蹴ると驚いた如月が体をびくつかせた。


「ちょ、びっくりした。いくら俺がイケメンで性格良いからって僻まないでよ」

「私も美人で性格良いから、僻んでないよ」

「ははは、千奈津ちゃんの冗談って本当に面白いね」

「ムカつく」


 帰るよ、と言って立ち上がり、ロッカーから上着と鞄を取り出す。

 時計を見ると二十二時を過ぎており、タイムカードを翳して退勤する。


「あ、千奈津ちゃん、これあげる」


 鞄から何かを取り出し、千奈津の手に乗せた。


「チョコ?」

「今日は面倒事があったしね、特別にハート型をあげる」

「ありがとう」


 如月は口元を緩め、笑った。

 不覚にも千奈津はときめいてしまい、誤魔化すように包みを開いてチョコを口に放り投げた。


「俺のハートの味はどう?」


 揶揄うように言うと、千奈津は勢いよく如月の背中を叩いた。


「その辺に売ってある、量産された安物のチョコの味がする」

「正解でーす」


 如月はチョコが入った袋を取り出す。

 それには安くて有名なメーカーの名前が大きく書かれている。熊なのか犬なのかよく分からない、メーカーのキャラクターと目が合った。

 如月とその袋が不釣り合いで、千奈津は大きな声で笑った。


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