第14話
掃除もレジ締めも終わり、残るは報告書の作成のみとなった。
「あたしが手伝うので、重森さんは帰っていいですよ」
電話をかけていた波瀬だが、すぐに二人の元へやってきた。
「波瀬さん、電話は?」
「マネージャーが電話に出なかったので、メールで連絡しました」
「そうなんだ。じゃあ、波瀬さんはもう帰っていいよ」
如月にそう言われ、波瀬は不服そうに頬を膨らませる。
「どうしてですか? あたしも手伝いますよ」
「手伝うって言っても、あとは報告書だけだから」
「重森さんはどうしているんですか? 手伝いですか?」
「千奈津ちゃんと報告書を書かないといけないから」
「重森さんじゃなくて、あたしがやりますよ」
千奈津は必要とされ、自分は帰れと言われた。波瀬はとても腹立たしく、千奈津を睨む。
「剛馬さんから申し送り受けたの、千奈津ちゃんだしね。それに、俺と千奈津ちゃんは監視カメラの映像を一緒に見てたから」
「そんなの、あたしだって監視カメラ見ましたよ」
「うーん、報告書を作成するのに、千奈津ちゃんの方が経緯を分かってるから」
困ったな、とは言わないが如月の顔が物語っている。
それでも「でも!」と譲らない波瀬だが、波瀬の機嫌を損ねるともっと面倒になるので如月は出来る限り言葉を選ぶ。
「今日は千奈津ちゃん十四時からだっけ? そうだよね、十四時から閉店までいるから今日のことは全部把握してるんだよ。だから千奈津ちゃんと一緒に作成した方が早く終わるし、効率が良いんだよ」
「でも……」
「万引きなんて初めてだったから、波瀬さんも疲れてるでしょ。明日も学校あるだろうから、帰って休んだ方がいいよ」
ね、と優しげな笑顔で波瀬を見つめる。
効率が良い、などと理由を付けているがそれは建前だと千奈津は知っている。
とにかく波瀬がいないところで話がしたいのだ。
体よく波瀬を追放できる言い訳を探すと、効率の話になったのだろう。
「……分かりました」
文句が山ほどありそうな瞳に千奈津を映す。
「重森さんっていつも仕事で手を抜きますよね。そういうの、よくないと思うんですよ。仕事は真摯に取り組むべきですし、そんな態度じゃ社会に出てやっていけませんよ」
千奈津と如月はぽかんと口を開けているが、波瀬は呆気にとられている二人を無視して続ける。
「先輩は重森さんを甘やかしすぎだと思います。あたしだってこんなことは言いたくありませんけど、重森さんのためには誰かが言ってあげる、損な役をしなければならないんです」
「は、はぁ」
「厳しいことを言うようですが、でもあたし、このままだと重森さんのためにならないと思ったので勇気を出して言いました」
「へ、へぇ…...」
「……今日はこれで失礼します。お疲れ様でした」
未だ呆気にとられている二人を置いて、波瀬はバックヤードに姿を消すと、鞄と上着を取って帰っていった。
残された二人は目を合わせ、ぱちぱちと瞬きをする。
今のは一体何だったのか。
「お、怒られちゃった」
千奈津がそう言うと、如月は「ぷっ」と噴き出し、笑い始めた。
「はぁ、笑った。裏にあるパソコンを使おうか。立ったままは疲れるよ」
「そうだね」
バックヤードにあるパソコンで報告書を作成することになり、二人は椅子に座り、如月がキーボードを叩く。
一人でカタカタと動かしており、千奈津は必要ない。
波瀬には千奈津が必要かのように話しておいて、実際は如月が一人で作成している。
「波瀬さんさぁ、本当に勘弁してほしいな」
如月が話し始めた。その話をするために、態々千奈津を残したのだ。
「お母さんかおばあちゃんか、俺も迷ったよ」
「あれは迷う」
「だよね。でもさ、おばあちゃんって言うのは失礼かもしれないなと一瞬考えたんだよ。そうしたら波瀬さんが横から地雷踏んだ。勘弁してくれ」
「あのお母さん、不機嫌になってたもんね」
「俺、あのお母さんみたいなタイプ苦手なんだよ。怒りを静かに表現する人。それをさー、波瀬さんが地雷踏むから空気悪くなって最悪だよ」
まあ、もう過ぎたことだけど。と付け加える如月だが、あの時の空気を思い出すと「波瀬ェ!」と声を上げたくなる。
波瀬さんさぁ、と溜息を吐く如月だが指は動いており、報告書の作成は進んでいるようだ。
器用だな、と感心する。
「どうしてあんなに空気が読めないんだろうね。もうちょっと頭を使って考えてほしいんだけど。波瀬さんって学部何だったっけ?」
「確か教育学部じゃなかった? 社会の先生になるために教員免許取るって言ってた気がする」
「あぁ、そうだった。あれが先生ねぇ」
「でも向いてるよね。気が強いところとか、自分が正しいと思ってるところとか、教師っぽい」
「千奈津ちゃんの中で教師ってそういうイメージなんだ」
「うん。如月くんは違うの?」
「自分が正しいと思ってる、っていうのは一緒かな。あとは、教師が理解できていないことを生徒に押し付けようとする印象が強いな」
そういえば、如月は偏差値の高い高校を卒業していた。大学も確か、頭が良いところだと聞いている。
千奈津は大学に行っていないので、どの大学が良いか悪いか、そういうことには疎いが、斉藤や波瀬などバイト仲間から如月の通う大学の評価を聞かされたことがある。
とにかく褒めていたので、恐らく素晴らしい大学なのだろう。