第11話
千奈津が戻っても、まだ女子高生たちは揉めていた。
「はい、これ」
「ありがとう」
釣り銭を如月に渡すと、如月は金額を確認した後、サキに手渡した。
これで一人分の代金は回収できた。
「あの、わたしは帰っていいんでしょうか?」
サキは申し訳なさそうに如月に聞くと、如月は頷いた。
「もうこういうことはしちゃ駄目だよ」
「はい、もうしません。本当にごめんなさい」
サキが立ち会がると、他の二人は目を見開いて止めようとする。
「嘘でしょ、わたしたちを置いて帰るの?」
「サキ、絶対お金は返すからさ!」
そんな二人を一瞥すると、サキは「借金がある人にお金を貸す人なんていないよ」と言い残してさっさと帰った。
呆気にとられていた彼女たちは徐々に怒りを募らせる。
如月としてはサキに全額払ってもらいたかったが、サキの気持ちも理解できる。
「えっと、親御さんに払ってもらうのはどうかな?」
如月がそう言うと、二人はまた俯いてしまった。
親には知られたくないのだろう。
未成年の犯罪はどうしても親と切って離すことはできない。
金は持っていない、親には知られたくない。そんな気持ちが透けている。
「困ったな。取り敢えず閉店時間までは待てるから、その間に親御さんにお金を持って来てもらえば、それが一番いいんだけどなぁ」
俯いた状態のまま閉店時間まで居座るつもりだろうか。
「うーん、親御さんに連絡しなくても、代金を払えない時点で警察に電話することになるから、どちらにせよ親御さんには話がいくんだよ」
なるべく優しい言葉を選ぶ如月。
どちらにせよ親には話がいく。二人はその言葉に顔を上げた。
「今日親御さんに払ってもらえればそれで済むけど、それができなかったら警察を呼ぶことになって近所の人や学校の人にも伝わるかもしれないんだよ。僕としてもそれは嫌だから、できれば今日中に払ってもらいたいな」
如月の本心かどうかはさておき、その言葉は効果があったようで、二人は互いに見つめ合うとユズキが「親に連絡してみる」と言って携帯を操作し始めた。それを受けてもう一人も、渋々ながら携帯をポケットから取り出した。
糾弾されることなく事が運ぶ。
もしここにいたのが千奈津ではなく波瀬であったなら、話は長引いていたことだろう。
やはり波瀬を店内に残して正解だった。
後で波瀬から嫌味のオンパレードを喰らわされることになるが、千奈津は取り敢えずスムーズに事が運んでよかったと安堵した。
「親がお金を持って来てくれるみたいです…...」
「わたしも……」
この付近の学校の制服を着ているので、親がやって来るのにそれほど時間はかからないだろう。
閉店時間に間に合えばいいな。
女子高生に深夜まで粘られるかもしれない、と最悪な状況も想像していたが杞憂に終わった。
なんとか解決しそうだと思ったら、如月は安堵の笑みを浮かべていた。
女子高生はその笑顔に胸を撃たれ、必死に無表情を貫いていた。
頬を赤くしていることに千奈津と如月は気づいたが、知らない振りをした。
彼女たちが素直になった理由の一つとして、如月の顔だろう。
万引きしたことを美形の男に知られ、金を払えと言われ、羞恥が彼女たちを襲ったのだ。
顔が整っていると便利だな。きっと大学でもモテているに違いない。
千奈津は如月の横顔を盗み見る。
睫毛は長く、顔に余計な凹凸はない。
正面から見ても、横から見ても、紛れもなく美しい顔だ。
波瀬が惚れこむ気持ちが分かる。
この顔に告白されたなら、即答でOKしてしまうだろう。
自分はどうだろう、と千奈津は如月と交際する場面を想像してみるが、二人が手を繋いでデートする姿が見えない。
如月を綺麗だと思うが、恋人にしたいかどうかはまた別の話だ。
如月の顔を眺めながらそんなことを考えていると、扉がノックされ、波瀬が顔を覗かせた。
「あのぉ、吉木さんという方がお見えです」
その言葉にユズキと呼ばれていた子が勢いよく立ち上がった。
「わたしの母です」
ぽつりと呟くと、如月は波瀬に「入ってもらって」と言った。
風呂に入った後なのか、化粧はしておらず、可愛らしいスウェットのまま「ユズキ!」と声を上げてずんずんと入ってきた。
「あんたまた万引きなんかしたの!?」
また、と聞いて千奈津と如月は溜息を吐きたくなった。
万引きと指摘されても堂々としていた三人なので、常習犯だと思っていたがやはりそうだった。
ユズキの母はユズキに平手打ちをし、如月に頭を下げた。
「申し訳ありません、教育が行き届いておりませんで……」
「いえいえ、こちらとしては代金をお支払いいただけたらそれで大丈夫です」
「二五二五円ですよね、払います」
ユズキの母は財布を取り出し、代金を丁度如月に手渡した。
金銭を確認すると如月は「もう万引きは駄目だよ」とユズキに優しく言った。ユズキの母は何度も頭を下げてユズキの腕を強く引っ張り、連れて帰った。
千奈津は如月から二五二五円を受け取ると、レジで処理をした。
そして気づいた。
波瀬がバックヤードにいる。
ユズキの母を連れてきたついでに、ちゃっかりバックヤードに居座っているのだ。
そして千奈津は会計処理をしている。
千奈津と波瀬の場所が逆になってしまった。
閉店までは時間があり、客がやって来る可能性もあるので店内に店員が一人いなくてはならない。その役割を波瀬は放棄し、千奈津に押し付けたのだった。
どっちが生意気なんだか。
千奈津は息を吐き、心の中で如月に謝った。