第八話 秋の風
朝、目が覚めると唯が隣で寝ていた。
「おい」
肩を揺するが起きない。仕方なく放って部屋を出た。
唯の匂いが服に移った。着替えて外に出た。
定職を持たない勇弥はまた朝早くからその道を歩いていた。秋の川沿いの道だ。まだ木の葉は色付いていない。正面からうららちゃんが歩いてくる。
「おはよう」
そう言うとうららちゃんは笑って応えた。
「久しぶりね」
思い切って名前を聞いてみた。
「山形茉莉よ」
やまがたまり……。
うららちゃんではなかった。
うららちゃんの物語は終わってしまった。
「あなたは?」
「黛勇弥」
「そう、仕事はしてないのね」
昔は王の手駒だったが、今はギルドを脱退している。茉莉は今度、紫学校の女子寮に移ることになったと話した。弟の爬虫類にたまりかねてだそうだ。もう通学中にこうして会うことはできない。
「これ、いる?」
そう言って名前と携帯端末の番号が書かれたメモを差し出された。どうやらボーイフレンドとして認可されたようだ。
二つ下の弟はシスターコンプレックスで、ノックもせずに部屋に入ってきたり、風呂を覗かれるらしい。いつの間にか下着もなくなっていたりする。それも家を出る理由なのだという。リストカットもそれが原因なのだろう。ろくでもない弟だ。
勇弥は女が放つ陰気にとても敏感だった。スキルが女がらみのせいもある。初めて茉莉を見たとき、bタキオンに近いほどの陰気を感じた。原因は全て弟だったようだ。そういう男の欲望に晒され続けたせいか、男の下心に茉莉は敏感だった。勇弥からはそれは感じなかった。しかし行動は不審者だ。茉莉から見てもよくわからなかったのだろう。何の理由でまとわりついてきたのか。
「どうして、私に声をかけたの?」
思い切って聞いてみた。
「蟻を避けて歩く女は初めてだった」
どうやら、あの頃の茉莉は精神病になりかけていたようだ。勇弥が立ち直らせた。
「……」
勇弥は黙って手を伸ばし、肩ぐらいまである茉莉の髪の毛を一本抜いた。それを指に結える。すると――。
フワッ
追い風が吹いた。
急に体に力がみなぎってきた。
「え、何?」
そして勇弥の目。
どうやら自分に関わってきたこの男は普通じゃないらしい。凄んだ目線は殺しを行う人間のものだ。源力に全身が煽られる。少しして、それらは収まった。
「あなた、誰なの?」
身体強化を初めて体験した。人間の体には自分の知らない世界があるのだと思った。
「王様の片腕だった。君はあのままいけば弟に犯されていただろう」
秋の風が吹いた。
茉莉はただ黙って勇弥を見ていた。
空気の澄んだ午前中の川沿いだ。学校に通う学生が何人か通り過ぎていった。




