第四話 暗闇
今日は川沿いの道の雑草を刈る。うららちゃんと散歩した川だ。
スターターロープを引いてエンジンを駆動させると心地いい振動が伝わった。地面すれすれを這うように動かして草を刈る。
黙々と刈り続けた。日給は五千円だ。朝から夕方まで刈り続けた。箒で雑草を掃いていると後ろから声をかけられた。
「勇弥さん」
マスクをした若い男だ。
「井黒の三羽烏が地味なことしてますね」
「……駆か。私は地味な人間だよ」
「勇弥さんがいてくれると、もうちょっと楽できるんですが」
「何をすればいい」
そう言って振り返る勇弥の左目に汚染が浮かぶ。白目は暗く、黒目は赤く変色している。
「……」
この男の力を借りねばならないほど深刻な状況ではない。駆は考え直した。
「唯ちゃんは、元気ですか」
「元気だよ」
「そのうち遊びに行きますよ」
「唯も喜ぶよ」
箒で掃き終えると刈払い機を担いだ。もう残っているのは勇弥だけだ。
「それじゃあ、また」
「ああ」
夕闇に消えてゆく背中を見送った。
十五年前の事故で戦える大人をほとんど失った。今冬士郎が抱えているのは、駆よりも若いものたちだ。勇弥には万が一何かがあった際、冬士郎を支えてもらおう。そう思いながら薄暗い川沿いを歩いていた。街灯もない川沿いを町に向けて歩く。後ろを振り向くと不気味な暗闇が広がっていた。暗闇では何が起こるかわからない。勇弥は何かを見たと言っていた。何を見たかははっきりとは言わない。
駆は思い直して町の方ではなく暗闇の方へと歩いていった。もう真っ暗だ。足元には道がある。それだけが頼りだ。道から逸れたら草むらに入る。そうならないように気をつけながら歩いていった。真っ暗だから方向感覚がよくわからない。一応川上に向かっているはずだ。前も後ろも暗闇になった。やっぱりやめればよかっただろうか。しかし内地だから安心だ。これが外地だったら何が襲ってくるかわからない。
子どもの頃読んだ絵本を思い出した。暗闇に入った子どもが呪文を唱える。
じょんがらぱやれか。
三絃の音が聞こえた気がした。草むらに踏み入ってしまった。
慌てて引き返す。どうやら迷ったようだ。
携帯端末も持っていない。必要でないときは身につけていない。
道に戻って歩き始める。一本道のはずなのに迷路に迷い込んでしまったような気がした。一歩一歩道を確認しながら歩く。
そうだ、照明魔法だ。簡単なことを忘れていた。しかし、今ここで照明魔法を使うと何かに負けた気分になる。駆は明かりをつけずに歩き続けた。
これが冒険者というやつだな。
内地の町の真ん中で冒険者気分に浸れた。
しかし、歩いても歩いても視界は真っ暗だった。こんなに深い闇が町の中にあるのか。井黒の夜は白井よりも暗い。街灯が町中でも少ない。隣を流れる川には下に空間がある。そこに地底人が住んでいる。ぽたぽたと雨もりをする。川の水だ。地底から温泉が湧いていてその空間には浴場もある。温泉に地底人が浸かっている。そばで雨もりの川の水が滴る。声が響くから子どもたちが歌を歌っている。静かにすると上から川のせせらぎが聞こえる。その空間には今歩いている道からマンホールを使って降りて行くことができる。地底人たちも夜中にこっそりそこから這い出て終日営業の食料品店に買い物に行く。金は近くに金鉱があってそこで賄える。
そんな想像力を働かせていると、やがて町の明かりが見えてきた。ゴールだ。しかしおかしなことに気がついた。目の前に見えるのは背を向けたはずの町並みだ。川も川下に向かっている。引き返して戻ってしまったようだ。振り向くと依然暗闇がどこまでも続いていた。あの先は何があるんだ?
しかし、もう確認する気にはならなかった。そのまま町の中へと歩いていった。




