第三話 妹よ
家に帰ると妹の唯が居間で女性週刊誌を読んでいた。十七歳だ。兄である勇弥は三十一歳。父親の再婚相手の連れ子だ。父親は王都の奈落市に出向している。母も付いていった。実家には勇弥と唯が残っている。唯は紫学生だ。
「面白いのか?」
「それは難問ね。わらを食べる牛に美味いのか、と聞くようなもん」
「つまりどういうことだ」
「面白くない」
本を閉じて勇弥を見上げる。
台所に入る勇弥を目で追う。
夕飯の支度をする。夕飯を作るのは勇弥の役目だ。
玉ねぎとにんじんを切りながらコンロに火をつける。鍋に油を垂らし具材を入れる。焦げないようにかき混ぜる。唯が近寄ってきて背中に背中をくっつけて寄りかかってくる。
「いい匂い」
「……」
カレーのいい匂いが台所に漂う。回れ右を素早く行い、唯の体を受け止める。カレーとは違ういい匂いがする。寄りかかってくる唯のお腹に手を回して居間まで引き摺っていく。
「子どもじゃないんだからな。できたぞ」
二人分をよそってテーブルに運ぶ。
「勇弥はいいお嫁さんになれるね」
「せめて主夫って言ってくれ」
「駄目だよ、女の人と一緒になっちゃ。男となら許す」
飯が不味くなる、と言って勇弥は席を立った。
そして出かける支度をする。
「ギルド?」
「そうだよ」
井黒国松尾市にあるギルド第二支部。
昼間は顔見知りに会うからという理由でいつもこうして夜遅くに向かう。売れ残りの任務がちらほらとある。
「黛さん、ご苦労さま」
受付でギルド員が言う。
「公道沿いの雑草刈りですね、期日は明日。承りました」
こうして日銭を稼いでいる。
「冒険者には戻らないのですね」
ギルド員の娘が言う。
「左の切り札」という二つ名を持ち、かつては朱水武と共に、中枢部屋決戦を戦った冒険者だ。
朱水武が亡くなって冒険者を引退した。しかしまだ現役に耐えるだけの強さは持っている。跡を継いだ冬士郎にも力を貸してほしいと頼まれているが断っている。生涯を懸けて仕えると決めたのは武だけだ。
【人形】と呼ばれる自由技能を持つ。左手の薬指に女の髪の毛を結えると、その女に身体強化を発生させる。トリッキーな使い方として自分の髪の毛を同じように結ぶと自身に身体強化を発揮させる。自分以外の男では効果を出せない。女と自分限定のスキルだ。
明日は刈り払い機を使ってのんびり夏草の処理だ。夏ももう終わりを迎える。外では虫が鳴き始めている。勇弥も唯も倹約家なのでこんな仕事でも暮らしていけるのだった。




