第九話 末法
そこは酷く寂しい場所だった。
家の玄関を出ると武家屋敷が並ぶ通りだ。家々の当主は大体が冒険者か役人だ。草履をつっかけて外に出た。辺りには人の気配がない。
「お前が最後尾だ」
薄暗い空からそんな声が聞こえた。陰鬱な声だ。文子は慌てて駆けた。人通りのない道をふらふらと歩いた。急がなくては、私が一番最後だ。やがて近所の田畑の畦道までたどり着いた。見慣れた場所だが、そこは酷く寂しい。周りには誰もいない。飼料袋だけが宙に浮き、辺りに飼料を振りまいていた。風もなく静かだった。まるで水の中にいるみたいだ。思い出したように歩き始め、今度は見慣れた道を家に向かって戻り始めた。私が最後尾だ。みんなどこかへ行ってしまったんだ。しかしまだ景色には躍動感が少しだけある。まだ誰かがいる。すると目の前に一人の背中が見えた。よく見ると宗一だった。立ち止まっている。文子は宗一の肩をぽん、と叩いた。すると宗一は歩き出し、どこかへ消えた。そうだ。この寂しい世界から脱出するには誰かに肩を叩いてもらう必要がある。だから最後尾はまずいのだ。宗一は最後の一人だった。もう他には誰もいない。歩く道の両側の風景は見慣れているはずなのに生命の息吹きが途絶えたように心細い。文子は家に向かって歩き出した。しかし、心で知っている。どれだけ歩いても、この道が家に届くことはない。延々とこの寂しい道を歩き続けるのだ。そう、永遠に。宗一は救われた。だから、これでいいのだ。文子はそう思った。私にはこの道がお似合いなんだ。宗一さえ救えればいい。
そこで目が覚めた。
底で悪夢を見せるのが弥勒の能力だ。
夢だった――。
目の前では宗一がこちらを見て微笑んでいる。
冬士郎の家の客間だ。
あのときの晩の出来事だ。文子も飾蒲生の存在は話で聞いたことしかない。まさか自分が食らうとは夢にも思わない。
あれから一夜明けて、冬士郎の屋敷から帰ってきてその晩だ。今は自分の布団の中にいる。もうあの夢は見ないだろうか。少し怖いが、寝ればきっと大丈夫だろう。あっという間に次の朝になる。そう願って布団に入った。宗一は隣で寝ている。お互いの布団は少し離れたままだ。長年の慣習はそう簡単に変わらない。むしろこの方が自然でいいと思った。今から布団をくっつけるのは二人とも気恥ずかしい。おそらく明日も宗一より早く起きて宗一に朝飯を食べさせてその後で自分が食べるのだ。それでいいのだ。二人の心は昨日の晩で確かめ合った。それだけで十分だった。
そうして文子は次の朝を迎えるまで眠りにつくのであった。




