5年間育児スキップサービス
ここは市役所の一室。白で統一された殺風景な部屋の中で、僕はスーツ姿の男性と相対していた。
「この育児スキップサービス、本当に使えるんですか?」
「はい、育児を継続することが困難になったご家族様限定で、指定の期間までお子様をお預かりするサービスとなっております」
こんな行政サービスがあるとは知らなかった。まさか育児代行を市が行ってくれるとは。
「注意点を申し上げますと、利用期間中は市の行政機関が育児のほとんどを担当することになります。したがって、期間満了までお子様と会う機会が無くなりますが、よろしいでしょうか?」
娘の瑞希と満了まで会えなくなる――確かに辛いけど、僕たちに他の選択肢はなかった。育児ストレスで入院した妻は心身ともに疲れ切っていて、回復まで時間がかかる。僕は仕事で多数のプロジェクトを抱えていて火の車、育児も上手くできる自信がない。
「大丈夫です。期間は……5年間でお願いします」
こうして、僕は瑞希の育児を5年間、スキップすることにした。
月日が経つのは早いもので、あっという間に5年が過ぎた。妻も無事退院し、今は自宅で家事もこなせている。僕も仕事に集中できたおかげで、今では会社の重役だ。
「パパ、ママ、ただいま」
行政機関の職員に連れられて、瑞希が自宅に帰ってきた。もう言葉も話せるし、ある程度の分別もある、あと数か月もすれば小学校にも通える年齢だ。
だけど僕には違和感があった。この子が本当に瑞希なのか、実感が持てなかったのだ。それもそのはずだ。僕は子育てをするのに一番大変な5年を、瑞希と強い絆を結ぶための5年を、スキップしてしまったのだから。
その翌日から、家に帰る気が無くなってしまった。妻は瑞希と仲良くやれているみたいだが、僕にはどうしても居心地の悪さが拭えなかった。
「私の家までやってきて、大丈夫なの? 奥さんと子どもがいるんでしょ」
「うるせえや、今から僕の帰る場所はここだ!」
僕はいつしか酒場で知り合った女性の自宅に上がり込んで、毎晩を共にするようになった。
「ねえママ、なんでパパは今日も帰ってこないの」
「パパは仕事にしか興味がないの。瑞希が赤ちゃんの頃だって、ママに育児を任せっきりで、どんなに協力を訴えても聞いてくれなかったのよ。しかも入院した時には、相談もなしに瑞希との5年間をスキップしてしまった。許せなかったわ。だからママも使うことにしたの、15年間夫婦生活スキップサービスを」
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