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桜場裕馬の場合(BL)

なんでオリジナルで書いたほぼ初のBLがこんな感じなんですか???

 友人が結婚した。

 学生時代から一番仲の良かった奴で、こっ恥ずかしくも夢なんかを語り合ったりした奴だった。

 新入社員研修で顔を合わせたときは少し笑った。お前もここ受けてたのかよ、言えよ、なんて軽口を叩き合って、なんだかんだその後もよくつるむ友人だった。

 卒業で縁が切れていなかったことに安堵したのは俺だけではないと思う。それくらい仲が良くて、一緒にいると楽しくて、安心できる相手だった。

 なにひとつ、お互いの間に秘密なんてないと思っていた。


「今度、結婚することになった」


 そう恥ずかしそうに、しかし幸せそうに報告されたのはまだ雪のちらつく冬だった。

 頭を鈍器で強く殴られたかのような衝撃を受けたことを覚えている。

 相手は上司の紹介で知り合った同い年の女性で、趣味がよく合うのだと惚気られた。


「趣味なら俺だって合うし」

「あったり前だろ~。お前と何年親友やってると思ってんだよ」


 そんな飲み屋での会話を思い出しながら笑顔を貼り付けて参列した結婚式は、悔しいくらいに幸せに満ちていた。

 美しく着飾った花嫁の隣で幸せそうに破顔する友人。泣いて喜ぶ二人の両親。軽口を叩きながらも心からの祝福を贈る友人たちや、ちょっとセクハラ一歩手前な絡み方をする会社の上司たち、花婿である友人ですら「誰だっけあれ……」なんて呟いていた親族席の者たちも、みんな笑顔だった。

 そりゃあ友人はいい男だし、性格だって快活で気持ちのいい奴だ。たまにデリカシーがないこともあるが、欠点のない人間などいるわけがないのだから、それすら許せてしまう空気を持っている。

 だから友人も多いというのに、俺なんかを一番の友として選んでくれた、得難い友人だ。

 だけど、


「お前のときにはちゃんと呼んでくれよな」

「残念ながらしばらく予定ねーよ、ばーか」

「なんでだよー。裕馬はイイヤツだから俺より早いと思ったんだけどな」

「残念ながら全くモテないんだわ」

「えー、そうかー?」


 学生時代から変わらないやり取りをして、二次会、三次会と梯子して結局、俺――桜場(さくらば)裕馬(ゆうま)は親友に心からの祝福を贈ることができなかった。

 解散して一人、帰路につく途中の駅のホームで白ネクタイを緩める。手にした引き出物の袋がカサリと服に擦れて存在を主張する。


「…………祝えるわけ、ねーだろ……」


 いっそ捨ててしまおうかとさえ思った重みを軽く睨み付ける。

 引き出物の白い箱は素知らぬ顔で澄まして沈黙する。


「俺……ずっと、お前のこと好きだったんだぜ、健椛(けんじ)


 たった一つ、俺が秘めた想いだけは親友にも語れない秘密だった。

 その裏切りの代償が、これか。と、把手を握りしめる。みしりと袋が抗議の声を上げた。

 それからのことは、あまりよく覚えていない。




 気だるげな微睡みからゆっくりと覚醒する。懐かしい夢を見た。

 あくびを噛み殺して、全身が重たいことに気付く。ついでにあちこちが痛む。特に食まれた首が痛い気がして思わず手を当てた。出血はしていないようでひとまず安心する。

 はぁと息を吐いて、喉が痛いことにも気付いた。


「痛むか?」


 不意に横から低い声がして、聞き慣れない――いや、このごろ聞き慣れてきたそれの主へと視線をやった。首を動かすのは少し怠い。

 ぐしゃぐしゃになったシーツを鬱陶しそうにはだけるのは芦毛の馬――に似た男。似ているというか馬が人になったかのような、人型の馬と言うべきか、不思議な生き物だ。

 目が合うと青い目が嬉し気に細められる。

 窓から差し込む遮光幕の隙間の光が男の白っぽいたてがみを照らしてキラキラと光っている。それが無性に美しく見えて、俺は子どものように唇を尖らせた。


「痛いに決まってんだろ」

「そ、そうか……それは、その、すまない」


 頭のてっぺんに生える馬耳が犬のようにぺしょりと垂れているように見えた。まぁ幻覚だが。

 光に目が慣れて、男の一糸まとわぬ姿がよく見えるようになった。

 自分と比べて毛深いように見える肌で、滑らかな毛皮に包まれているにも関わらず腹筋が浮き上がっているのがわかる胴体。腕も逞しく、よく鍛え上げられているのが同じ男として気に障るほどだ。しかもすらりと長い。

 体毛より少し暗い色をしたたてがみはさらりと重力に逆らわずに流れ、首筋を覆っている。

 長いまつ毛に覆われた目は切れ長。

 羨ましいほどの腹筋の流れからの……いや、その先はやめておこう。

 ふと窓の方を見た馬男――アロゴの肩や背中に醜いひっかき傷ができているのが見えてしまった。真新しいそれから血は流れていないが痛々しい。

 爪は切ったはずだったが、切りたてだったせいかそれはそれで傷になったようだ。自分の爪を見下ろしながら肩を竦める。


「後悔してはいないか」


 不意にアロゴが問う。

 は、と吐き捨てるような笑いが漏れた。


「今更」

「……想い人が、いたのだろう……?」

「……どうせ帰れないんだろ」


 ううん、とか、うぐぅ、とか、形容しがたい唸り声がアロゴの長い喉から聞こえた。

 ふん、と鼻で笑っておく。

 想い人がいたんだろう、だって?

 ――お前だって、そうだろうに。


 半年ほど前、俺はこの世界、魔界(スィスィア・サアーダ)で目を覚ました。

 余り広くはないあからさまな檻に入れられ、ロクな説明もなしに人間即売会(ニンゲン・メルカート)で売買された。

 特に見目麗しいわけでも特出するような特技もない平凡な俺はそこそこの平均的な金額で落札されたらしい。人間即売会の主だという露出の激しいドレスを着た羊頭の女が最後にぼやいていた。

 買ったのは身なりのいいスーツを着込んだ馬頭、アロゴだった。

 アロゴは俺を檻から出して、家に連れ帰った。

 馬はなにやらイイトコのお坊ちゃんだったらしく、結構な屋敷に住んでいた。テレビでしか見たことがないような洋館で、中を軽く案内しながら奴は丁寧にこの世界のこと、俺の置かれた境遇を教えてくれた。

 アロゴが俺を買ったのは側に置いて使用人のような者が欲しかったかららしい。適当な立場を与えられて仕事を覚えさせられた。


 最初は夢かと思っていた。

 ただの珍しい変な夢で、俺にも結構な想像力があるもんだな、なんて思いながら夢から覚めるのを待っていた。

 けれど、一向に夢は覚める気配がない。

 それどころか――この世界に呼ばれた人間は、元の世界に帰ることができないのだと知った。


 自棄になった俺は暴れたが、俺よりも体格のいいアロゴに簡単に抑え込まれた。奴らのような獣人間――獣人属と言うらしい――は人間なんかよりもずっと身体能力が高いのだとか。

 自暴自棄になったが死ぬ勇気は出なかったからそういったことはしなかった。ただちょっとストレスによる自傷行為なのか、幼いころに直したはずの爪を噛む癖が再発した。

 しかし考えようによってはこれでよかったのかもしれない。

 これで、健椛の幸せそうな姿を見ずに済む。

 そう考えてしまって、また自己嫌悪した。


「少し吐き出した方がいい。……ついでに、ヤケ酒に付き合ってくれないか」


 そうアロゴに提案されたのは自棄になってからそうかからなかった。

 酒なんてしばらく飲んでいなかったし、正直この世界の酒に興味がないと言えばウソになる。

 父親(周囲では評判の名手らしい)の秘蔵の酒をちょろまかしてきたと笑うアロゴと、酒を抱えて奴に用意されている別館の部屋のひとつを占拠した。

 他の使用人たちは遠ざけて、二人だけで杯を傾ける。味は悪くなかった。

 一応雇い主相手とはいえ無礼講だと言うのでお言葉に甘えてカパカパ空けたのが悪かったのだろう。

 ものの見事に出来上がった俺は馬男相手に愚痴大会を開始した。

 元の世界の職場の愚痴から始まり、結局片思い相手である親友の話まで暴露して、情けないったらありゃしない。

 酔った俺は奴にもなにか愚痴はないのかと訊ねた。

 奴は言いよどんだが、最終的には酒の力が勝ったのだろう。ぽつぽつと話し始めた。


「――兄さんの、結婚が決まったんだ」


 そこからは怒涛だ。

 馬も馬なりに愛だの恋だので悩むらしい。

 実兄に対する嫉妬、尊敬、そして劣情。

 そういえばヤケ酒と言っていたか。

 妙に冷めた頭の一部が目の前で項垂れる男のたてがみを見下ろしている。


(ああ、こいつは俺だ)


 俺は親友に、こいつは実兄に。

 自分では止められないほどの激情を抱えている。


「……ユウマを買った本当の理由は、兄さんを忘れようと思ってのことだった」


 奴隷としても売られている人間相手ならなにをしてもいいだろう、と、そう思ったのだという。

 無体を働こうが兄への劣情をぶつけようが、構わないだろうと。

 そう思って行った人間即売会会場で俺を見て、つい兄を思い出してしまったらしい。

 ……馬面ってことか?


「ユウマの黒い髪が、兄さんに似ていると思ったんだ」


 本館でこの半年の間に何度か見かけたことがあるアロゴの兄は、芦毛のアロゴとは違って艶やかな黒色のたてがみを持つ黒鹿毛の男だ。

 そしてまた酔った勢いで兄が如何に素晴らしいか、どれだけ美しい男かを力説する。

 それから――


 それから、俺はどうしようもなく、酔っていたのだろう。


「――忘れさせてくれよ」

「え?」

「俺に親友のことを。お前は兄貴のことを」

「……いいのか」


 あとはもうなし崩しだ。

 酒の勢いでもあるが、酔いなんて途中から醒めてた。多分、アロゴも。

 傷の舐め合いでしかない。

 そうして一晩中、お互いがお互いに本命への劣情を呻くように叫びながら体を重ねた。


 二日酔いと行為のあれこれで頭が痛い。

 痛む頭を押さえてこめかみを揉む。気休めにしかならなかった。


「や、やっぱり痛むか……?」

「全身痛くないとこねーっつの、この馬野郎」

「うぐ、流石にその言い様はないだろう」


 とはいえめちゃくちゃに痛めつけてくれやがったのは奴であり自覚もあるようなので強く言えないようだ。


「……忘れられそうか?」

「……いや、まだ無理そうだ」

「俺も」

「……」

「……」


 世界を別ってしまった俺とは違い、アロゴの場合はすぐ側に相手がいるのだ。そう簡単には忘れようとも忘れられないだろう。

 手を伸ばして、窓からこぼれる陽光に照らされてキラキラ光る白いたてがみに触れる。さらりとした感触が嫌に気持ちいい。


「まぁ、傷の舐め合いくらいならしてやるよ、ゴシュジンサマ」


 ぱちりと青い目を瞬かせ、アロゴが俺を見下ろす。

 困ったように目を細めて、小さく「ああ」とこぼした。

 とろとろとした眠気がやってきて、重たくなってきた瞼を下ろす。全身は痛いし気怠いままだ。

 窓の外から小鳥の鳴く声がする。

 おやすみ、と、低く甘い声が降ってきたのをうっすらと感じながら、俺は夢の中へと落ちて行った。

 相変わらず先は見えないし、未練がましい親友への想いがまとわりついて消えてくれない。

 そういえば、俺がいなくなってあちらの世界では親友はどうしているだろうか。

 きっと真っ青になって探してくれている。そんな気がした。

 いつか俺のことを忘れるだろうか。

 せめて、覚えている間は突然行方不明になった友人のことを思って、それが傷になってくれたらいい。

 傷の間はあいつの心の中に俺は居られるから。

 そう考えて、俺は自嘲する。


 夢の中で、親友が俺を探して走っていた。

 今にも泣きそうな顔のあいつを見て、俺は――


「    」


 その声は音にならず、親友には聞こえていないようだった。


ここまで読んでいただきありがとうございました!

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