⑤
「やっと来た」
朱音が突然呟き、イヤホンを外すと右側の道路に目を向ける。
朱音の呟きが聞こえていた奏もつられて右側を向くと、車が1台走って来て奏達の前で止まる。
至って普通の5人乗りの車だ。
車に向かい芽依が歩き、朱音も続く。
芽依は助手席のドアを開け乗り込み、朱音は後部座席の
ドアを開けると
「入って」
と、先に入る様奏に促す。
未だに逃げ出すと思っているようだ。
仕方なく先に入り、運転席の後ろに座る。
運転席に座っていたのは女性だった。
朱音も中に入り助手席の後ろに座る。
「来るの遅くない?」
入るなり女性を非難する朱音。
「この辺あんまり通らないからさ、迷っちゃった」
悪びれる様子もなく言う女性に朱音はため息を零すだけで、これ以上責める事はしなかった。
「で、彼が連絡にあった子で良いの?」
「はい」
バックミラー越しに奏を見る女性に芽依が答える。
「矢瀬奏です、お願いします」
自身の話題が出たので自己紹介と挨拶をする。
「斎藤颯です、宜しく。それじゃあ
行こっか」
斎藤も挨拶を済ませると車を走らせる。
車内では会話は無く、目的地に着くまで誰も喋らなかった。
車が家の前で止まる。
目の前には階段が有り、上には門扉が見える。
敷地も相当広そうで、この住宅街の中でも一際大きい家に
見える。
「車庫に車停めて来るから、先行ってて」
斎藤に言われるまま車を降り、家に向かって歩く2人に
着いていく。
門を抜けると玄関までの道は石畳で出来ている。
「しかし立派な家だな、誰が住んでるんだ?」
「私達2人で住んでるけど」
問いに朱音が答える。
奏は立ち止まって家を見上げ、首を傾げる。
部屋数もそれなりにありそうだし、2人だけでは持て余して
いそうな大きさに感じられる。
2人の内どちらかが相当なお嬢様なのだろうか。
「何してんの、置いてくわよ」
鍵を開け家に入ろうとする朱音に呼ばれ駆けていく。
「おおっ」
家に入り、思わず感嘆な声が漏れてしまった。
外観から分かっていたが、やはり広い。
「これ使ってね」
芽依がスリッパを用意してくれたので
靴を脱ぎ履き替える。
「うっわ、やっぱ来てるし」
玄関に置いてある靴を見て、朱音が顔を顰め面倒くさそうに言う。
如何やら望んでいない客人が来ているらしい。
「そりゃあ来るでしょ。居間の電気着いてたんだから分かるでしょ」
芽依は当然のように答え、歩き出す。
2人に続き進んでいく。
ホールを抜けて直ぐにある左側の扉を開け入っていく。
通された場所は居間のようだ。
テーブルに3人掛けのソファが対面する様に設置してあり、
上座には1人用のソファもある。
「お邪魔しているわ」
居間には既に黒髪の少女が1人、本を読み寛いでいた。
少女は朱音達と同じ制服に身を包んでいる。
「勝手に家に入らないで貰えますか」
少女の対面のソファに座るなり朱音が噛み付く。
「合鍵も持っているのだし、貴方達を待つ意味が
ないでしょ。そもそも来るのが遅すぎるのよ」
本から朱音へと視線を移し、負けじと言い返している少女。
「喧嘩しないの。朱音、お茶の用意するから手伝って。
矢瀬君は寛いでてね」
険悪な雰囲気を振り払う為、一度朱音を連れ出し芽依も
居間を出る。
居間に残っているのは奏と少女の2人。
少女は本へ視線を戻し読書を再開している。
居間は静寂に包まれ、居心地の悪さを感じる。
寛いで良いとは言われたが何処に座れば良いのか分からず
扉付近で頭を悩ませる。
「座らないの?」
棒立ちになっているのを疑問に感じたのか少女が
奏に話し掛ける。
「何処に座れば良いか分からない」
正直に悩みを話すと少女は
「何処でも構わないと思うけど。何なら此方に座っても良いし」
同じソファに座る許可を貰ったので、中央のスペースを
空けて座る。
何か話した方が良いか悩んでいると、
斎藤が居間に入ってきた。
「こんばんわ、斎藤さん」
少女が斎藤に挨拶する。
「こんばんわ、って2人が居ないけど何処?」
斎藤は芽依と朱音の2人が居ない事に不思議がる。
「お茶の準備の為に席を外しているわ」
「じゃあ手伝ってこようかな」
少女の説明を受け、斎藤を手伝いに行こうとしたが朱音達が
戻って来た。
芽依はお盆にティーポットとカップを乗せ、朱音はお茶菓子を持って来ていた。
「一息入れてから説明するね」
そう言うと芽依はテーブルにお盆を置きカップに紅茶を
注ぎ、其々に渡していく。
渡された紅茶を飲み、奏は衝撃を受ける。
「美味いな。」
偶にしか飲まないので紅茶の良し悪しなど分からないが、
これが良い物だというのは分かる。
香りや味が今まで飲んできた物とでは
比べるのも烏滸がましい程に差がある。
「口に合って良かった。おかわりも
あるから遠慮なく言ってね。」
紅茶に感動していると微笑し芽依が話しかける。
「・・・どうも。」
見られていた事が気恥ずかしく、返事が小さくなってしまった。