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帰りのHRが終わり、クラスメイト達が各々の放課後を過ごす為、教室から出ていく中でスマホを見て溜め息を溢す少年が1人。
少年の名は矢瀬奏
平均的な背丈と体躯で端正な顔立ちをしているが、無造作に伸ばしただけの黒髪のせいで何処にでも居そうな野暮ったい風貌をしている。
バイト先の店長からの急な出勤願いに了承の返信を送り、
2度目の溜め息を溢す。
「どうかしたのか?元気ねぇけど」
奏に近付きながらクラスの友人である尼井悠人が話し掛けてくる。
180cm以上ある長身と体躯の良さ、そしてオールバックでセットされている髪の毛は若干赤みを帯びており、非常に目立つ出立ちをしている。
「今さっきバイトに行く事が決まった」
「うわ」
辟易とした表情で原因を教える奏に尼井は同情の眼差しで見る
「で、なんか用?」
近付いてきた友人に奏は用件を喋るよう促す。
何時もならHRが終われば一目散に部活のバスケの練習に行く人間が態々絡んで来た。
何かあるに違いない。
「お前の事が気になるって子が居るんだけど、連絡先教えても良いか?」
他の学校の子な、と付け加えて言う尼井に対して奏の眉間に皺が寄る。
「お前、又あの写真見せたのか」
「おう!よく撮れてるよな。これ」
機嫌を悪くする奏を気にせず、スマホを見せてくる尼井。
そこには今年の9月に行われた文化祭の時の奏が写されている。
友人達によりセットされた髪と、表情の変化が乏しい奏が珍しく明るく笑っており、普段の野暮ったい印象から好青年の様に見える。
「断っといて」
「またかよ、そんで断るのが早いんだよこの贅沢者が!ちったぁ出会いに有り難みを持ちなさい!」
尼井は検討もせず、直ぐに断られた事に批難の声を上げるが
奏は気にせず帰りの支度を始める。
恋愛への興味が皆無な訳では無い。
しかし、友人達からの体験談を聞いたり、実際に連絡を取り合い、2人っきりで出掛けてみた事もある。
楽しく無いとは言わないが、先に面倒だという思いがあった。
その結果、自分には未だ早いもの、優先順位が低いものと奏は結論付けた。
「はぁ、まあ良いや。あともう一つ、夜道は気を付けろよ」
話が切り替わった事により、奏は鞄から尼井へと視線を移す。
「何で?」
「通り魔だよ、隣町でな。昨日と一昨日で2件」
都内と言って良いのか分からない、こんな田舎で?と考え込む。
「金目当て?」
尼井は質問に首を横に振り否定する。
「物は盗らずに背後から腕に切り掛かって来たって話だぜ。だから目的は不明だな」
兎に角気を付けろよ、と忠告して教室から去っていく尼井。
「でも、いきなり襲われるんだから気を付けようが無いよな」
暗い道や人通りの少ない道を避ける位しか対策は出来ないな
と思いながら奏も教室をあとにした。