8.策略
父様や兄様に邪魔をさせない様に母様が策を講じ…
「俺が聞いた話と違うぞ!」
ショーン兄様が吠えフレッド兄様は唖然としている。その顔を見て気分がいい私。散々兄様達に振り回されて来たからね。
『してやったり!』と一人ほくそ笑む。見事母様の作戦勝ちで、まさか母様が私が彼と会った直後から計画していたなんて父様兄様も知らない。
ではどんな策を用意していたのかって⁈ それは…
王族が婚姻をする時は特別なインクで婚姻のサインをする慣わしがある。そのインクの実は婚約が決まるとオリタ伯爵領の決まった農地の一画に苗を植え実った実からインクが作られる。そのインクの実は大変珍しく実は黄い色で熟しインクにすると黄金になる。このインクで婚姻のサインをし教会で永久保管されるのだ。基本王族の婚約期間は準備もあり1年とされ、インクも苗付けからインク製造まで1年かかると思われいる。
事実インクの実が実をつけるまで約10ヶ月かかり、熟すまで約1ヶ月そして生成するのに1ヶ月かかるのだ。だから母様は彼と婚姻前提で付き合い始めると、父様達に内緒で農家のミゲルの自宅の中庭にインクの苗を植えたのだ。ここなら領主のアレックス父様も分からない。
そして正式に彼から求婚を受け、母様と祖父母達が父様達を説得してくれ無事婚約をする事ができた。しかし王女の婚姻はレイシャルの歴史上初めて事で慣例通り婚儀を執り行うか議論された。
父様達はインクが完成するまで1に年かかり、それまでに婚約破棄が出来ると目論み、王族として婚姻式を執り行う事を決めた。しかし実際は婚約前からインクの実は育てられていて、婚約し半年後にインクの実は実っていたのだ。
「正式に婚約していないのにインクの準備をするなんて反則だろう」
「そうだ!それにインクを作る我が領の当主が知らないなんてあり得ない!それに初耳だ!」
「だって!事前に知ったら邪魔するでしょ!」
「「当たり前だ!」」
ほらやっぱり邪魔するんじゃない! 母様は全てお見通しで兄様達には黄金のインクの実は偶々自生した実を見つけインクにしたと説明してあった。しかし実際は婚約前から準備していたのだ。
婚約して4ヶ月が経ちインクの実は熟成期入った所で父様達に事実が知らされた。
『この時の父様達の殺気は娘である私でも怖かったなぁ…』
この日は父様と母様が本気で喧嘩をし、母様に声を荒げる父様を見たのは後にも先にもこの時だけだ。
黙っていた事を理由に解消を迫る父様と、婚姻式を急ぐ母様との話し合いは平行線を辿り、間に入っていた私は辛い思いをしたが、この時ラインハルトは冷静に状況を把握し私を支えてくれた。そして彼の一言で彼の妻になる覚悟が出来た。彼は
『これから夫婦になり色んな困難に遭うんだよ。そんな時にこそ信頼と根気強さが必要。大丈夫!俺が居るさ。この世界のあらゆるものを敵に回しても、君と一緒に立ち向かうよ』
こんな心強い言葉は初めてで不覚にも泣いてしまった。優しく大きなラインハルトの腕の中が自分の居場所だと改めて思い、父様達と真剣に向き合い最後は父様達は折れてくれた。
「あの時ね母様はいくら話しても反対する父様や兄様にうんざりし限界だったんだよ。あれ以上父様や兄様が反対したら家出と言うより、ヴェルディアに移住するつもりでいたのよ。私流石にヤバいと思ってそれを父様達に知らせたわ。母様がヴェルディアに移住すると聞いた父様達は青ざめて私達の婚姻を認め、兄様達が反対しない様にインクの事は秘密にしたの」
兄様達は口を開けて唖然としている。小さくおとなしい母様だけど、意志はとても強く多分レイシャル一ハートが強い。母様の性格を知る兄様達は黙りそれ以上何も言わなかった。
こうして母様が主体となり短い婚約期間で婚姻の準備を進め辺境地に嫁ぐ準備も終えた。早く婚姻のサインをしたい私達は婚姻式は国内の貴族のみとし、そして後日披露宴を催しそこに国外からの来賓を迎えお披露目となった。
事の顛末を聞き不服そうな兄様達。もう何十年も前の話はもう勘弁してほしい。そう思っていたら誰かが部屋に来た。エリが応対すると深夜の部屋に可愛い声が響き
「母様!」
「!」
部屋に来たのは長男のレクターに手を引かれた娘のスミレだった。それまで私に恨み節を吐いていた兄様達は、目尻を下げスミレに駆け寄り手を差し伸べ
「スミレ〜、ショーン伯父様の所においで!」
「いや!フレッド伯父さんの方においで!」
2人ともスミレにデレデレだ。するとスミレは溜息を吐いて
「伯父様!いい加減母様を帰して下さい。女性の睡眠不足は美容の大敵なんですよ!」
「いや。皆んなでお祖母様の思い出話をしていたんだよ」
「もうこんな時間か⁉︎すまないなぁ。そろそろ終わりにしよう」
スミレの登場でやっと兄様達から解放されそうだ。スミレは6歳になり幼いながらに口が立つ。同じ兄妹でも兄のレクターは夫に似ておっとりしている。恐らくスミレは深夜に目が覚め、まだ私が寝室に居ないのを不審に思い、寝ているレクターを起こして私を迎えに来たのだろう。私の元に来たレクターが
「僕は止めたんですが、スミレが聞かなくて…父上まで起こしそうな勢いだったので僕が…」
「ありがとうね。眠いのにスミレの世話をしてくれて」
そう言いレクターを抱きしめた。レクターはもう11歳で背は私と変わらないし、夫に似てがっちり体型をで見た目はもう青年だ。しかし性格は温厚で優しく私の癒しである。腕を解き目が合うとレクターが微笑む。そのはにかんだ笑顔は夫の若い頃に似ている。愛する夫と可愛い子供に囲まれ幸せだ。そう思いながら兄様達に可愛がられている子供達を見ていた。そして少しすると深夜なのに部屋にまた誰か来た。エリが応対すると…
「ローランド父様!」
突然の父様登場に兄様も驚きを隠せない。赤い目をして窶れた父様に胸が痛む。すると父様は無言で私の前に来て抱きしめ、次にショーン兄様、フレッド兄様と順番にを抱きしめた。そして微笑んだローランド父様は
「私が寂しがりなのを分かっていて、春香は私に家族を残してくれた。私は春香の分も長生きして家族を見守るよ」
「「「父様…」」」
きっと母様が父様達が前を向ける様に言葉を残したのだろう。あれだけ憔悴していた父様が微笑んだのだ。また母様の偉大さを知る。
「スミレ!お祖父様の所においで」
ローランド父様が両手を広げるとスミレは駆け寄り抱きつく。スミレを抱っこし見つめる父様の瞳は母様を見つめるのと同じだ。恐らくスミレに母様を重ねているのだろう。
するとスミレは父様の頭を撫でて
「お祖父様が寂しくない様に、スミレが一緒に寝てあげるわ」
「ありがとう。スミレは優しいね」
「だって家族でしょ。父様が家族はいい時も良くない時も一緒に頑張る仲間なんだって言ってたもん!」
スミレの言葉にその場に居た皆んなが感動する。そして涙目のローランド父様が
「愛する娘を奪ったラインハルトを憎らしく思った事もあったが、こんないい子を授かり育ててくれ感謝しかない。アリサ。お前はやはり春香の子だ。いい相手を選んだ」
「!」
婚約から今まで夫を認めて来なかった父様が、夫を褒め認めたのだ。私は驚き言葉がでず変わりに涙が溢れ出た。そんな私をショーン兄様とフレッド兄様が抱きしめてくれる。
シスコンで小うるさい兄様だけど、いっぱい愛して守ってもらった。本当に家族に恵まれて幸せだ。
「皆様。そろそろお休みになられては? 夜更かしをしてお体に障ると春香様が悲しみますわ」
エリが休む様に促しやっとお開きになった。スミレはローランド父様とレクターの手を引いてローランド父様の私室に行き、今晩はローランド父様と寝る様だ。
そして優しいスミレは次の日はミハイル父様と、そして次の日はアレックス父様と添い寝をした。
こうして母様か亡くなった夜は更けて行った。翌日から親交のある各国の王族が慰問に訪れ、悲しむ間もなく過ぎて行った。
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