5.憧れ
3度目の恋を必死に思い出していた。
“ごぉ〜ん”深夜の鐘が鳴り少し眠くなって来た。
「アリサ様。侍女のターニャがお話が有ると…」
「分かったわ通して」
ターニャは私の子の世話をする侍女だ。子供達に何かあったのかしら?
兄様に断り席を立ちターニャから子供達の様子を聞く。
「分かったわ。どうしてもお父様でもダメなら呼んで」
「申し訳ありません」
「いいの貴女のせいではないわ。子供達もお祖母様の死に立会い落ち着かないのよ」
「奥様ありがとうございます」
私には息子と娘がいる。普段は私と夫が交代で寝かし付けているが今日は夫に任せている。しかしやはり状況が違うからか興奮して寝ない様だ。
ターニャが退室したらショーン兄様が
「レクターは夫君に似て、スミレはアリサと同じで母様にそっくりだな」
「そうなの。母様に似たせいでスミレにも各国の王子から婚約の申し込みが絶たないわ」
「スミレはウチのエディに嫁ぐんだろ⁈」
ショーン兄の発言を聞いてフレッド兄様が立ち上がり
「ショーン兄!スミレはウチのファルコと婚約するんだよ」
「またアリサの時みたいにスミレの婚姻も一悶着ありそうだなぁ⁉︎」
「もうやめてよね!あんな苦労は私一人で十分だわ」
話が逸れて安心していたらアルバートが
「さて早く話を進めないと夜が明けてしまうよ!アリサ3番目の相手は?」
「ちょ!アル⁉︎せっかく逸れたのに!」
「「さぁ!アリサ!」」
こうして私の恋愛話が再開し話す事になった。
『3番目ね…でもあれは恋愛と言えるのだろうか?どちらかと言うと憧れ?』
「で誰だ?」
「恋と言うより憧れだったと思う」
「「「で!」」」
「バーデラン皇国のギラン陛下よ」
「「「はぁ?」」」
そう3番目はバーデラン皇国のギラン陛下だ。恋と言うより憧れだ。
あれはギラン皇太子か王位を継ぎ戴冠式に母様とバーデラン皇国に訪れた時の事だ。
バーデラン皇国の皇太子妃のアンリ殿下は母様の親友。確か私がアカデミー入学前の14歳だった。
バーデラン皇国は友好国の中でも一番遠く船で片道10日かかる。
国の代表として初外交となるアルバートとその護衛責任者としてアレックス父様。そして外交補佐としてミハイル父様が同行。友人と会うために母様もバーデランへ向かう。最後まで皆私が行くのを反対したが、バーデラン皇国の王子の婚約が決まりやっと許可が出た。
「ヒース殿下はギラン陛下に似て一途なんよ。ご婚約が決まっていなくても想う方以外あり得ないわ。過剰反応し過ぎなのよ父様達は」
「母様…私お慕いする方と結ばれるのでしょうか…このまま行ったら私生涯独身なってしまうわ」
「大丈夫よ!父様達以上に愛してくれる人が現れるから」
母様が抱きしめてくれる。母様は小さくていい匂いがして可愛い。私は見た目は母様に似ているが体は父様に似て女性にしては大きい方だ。母様みたいに小さかったら可愛かったのに…小さい母様は大きい私に抱きつき背を撫でてくれる。そんな可愛い母様が大好きだ。
「さぁ!旅の荷造り手伝ってちょうだい」
「はぃ!母様」
こうして数日後バーデラン皇国へ向かうためシュナイダー公爵領の港に向かう。出港前日はシュナイダー公爵家の本宅で一泊し翌朝出港する。
馬車がシュナイダー公爵領の森に入ると聞き慣れた犬の遠吠えが3つ…見なくても分かる。
「母様」
「ワンダとクロとポチね。やっぱり来たわね」
そうシュナイダー家の番犬のワンダとその子供のクロとポチだ。私達が公爵領に来ると必ず迎えに来てくれる。馬車の窓を開けると3頭が向かってくる。親犬のワンダは母様が大好きで久しぶりに会うと一所懸命母様に話しをする。母様は撫でながらいつもワンダの話を聞いているので、何話してるのか分かるのって聞いたら
「何となくね〜」
と目を細めてワンダを撫でている。母様は犬語も分かる凄い人なのだ。
屋敷着くとレイモンドお祖父様とアビーお祖母様と執事のクロードが迎えてくれる。
アレックス父様のエスコートで馬車を降りて、お祖父様とお祖母様にご挨拶しようとしたら、エスコートしてくれているアレックス父様を押し退けアビーお祖母様が抱きついて来た。
「アリサ!また可愛くなって!お祖母様はアリサに変な虫が付きそうで心配だわ!」
「お祖母様…あのご挨拶を…っで苦しい…」
「アビー。嬉しいのは分かるが力加減を間違えているよ!アリサが潰れてしまう。さぁお祖父様にその可愛いお顔を見せてくれ」
やっとお祖母様に解放されて淑女のご挨拶をお祖父様にしたら優しく抱きしめてくれた。
お祖父様もお祖母様も優しくて大好きだ。
長い抱擁にミハイル父様が割って入り私を抱き込んだ。その様子を見ていたアビーお祖母様が
「貴方達は過保護過ぎるわ。そろそろアリサも恋をして婚約者を決めないといけないのに」
「「「まだ早い!」」」
ミハイル父様とアレックス父様それにレイモンドお祖父様まで早いと反対する。
本当に婚姻する事が出来るのか心配になって来た。屋敷前で揉めていたら執事のクロードが笑いながら
「さぁ…皆さま美味しいお茶をご用意しております。お部屋でゆっくりお休みくださいませ。春香様、アリサ様。お2人の好きなケーキもご用意しておりますよ」
好きなケーキと聞いて母様は私の手をミハイル父様から取りアビーお祖母様と応接室へ向かった。
こうしてシュナイダー公爵家で楽しい夜を過ごし、翌朝バーデラン皇国へ向けて出港した。今までの船旅は一番長く5日でこんなに長いのは初めてだ。でも双子の兄のアルバートが居てくれ退屈しなかった。
船も一番大きな船で甲板が広く、体が鈍らない様に父様と騎士に混じりアルバートは剣術の稽古をしている。
私も混ざりたいけど父様達が許してくれない。何もすることの無い私は超暇だ。
すると母様が考案したカードゲームを教えてくれ、母様専属侍女のエリも含めてカードゲームで暇つぶしをする。
カードは大きく分けて4つのマークにそれぞれ1〜13の数字が書かれている。面白いのは11〜13は数字でもあり位が有る。初めは簡単な【ババヌキ】なるものを教えてもらい見事にハマった!楽しい!
「ただ遊ぶだけじゃつまらないから、負けた人はこの《最弱王》のカブトを被るの。所謂罰ゲームね。このダサい兜被りたく無いでしょ!」
母様が大きな紙を器用に折り帽子らしき物を作った。これも母様の居た異世界の技術らしい。三角の帽子の中に《最弱王》と書いてあってカッコ悪い。絶対被りたくなくて負けず嫌いに火がついた。でも…
「はぃ!初代《最弱王》はアリサです!」
「いゃ〜〜!」
帽子を被らされた所で訓練を終えた父様とアルが戻ってきた。私を見た3人は…
『絶対笑われる!』
アルがお腹を抱えて笑い出し私は顔が熱くなるのを感じ泣きそうになると、両手を誰かに掴まれた。顔を上げると右手をミハイル父様、左手はアレックス父様がとり手の甲に口付けた。そして
「アリサはどんな格好をしても可愛らしさを失わないなぁ…」
「私はそんなアリサが女神に見えるよ!」
何故か笑わず優しく微笑みをくれる。父様の後ろで呆れた顔をしている母様がいた。
こうしてルールを父様とアルに教えて皆んなでまた【ババヌキ】をする事になった。
ちなみにこの後暫く《最弱王》の兜はアルの頭上にあったのは、今でも笑い話によくされる。
こうして長かった船旅は終わりやっとバーデラン皇国が見えて来た。バーデラン皇国は温暖だが雨が多く国内に川が沢山あり、水産物が多く取れる国だ。
やっと港に着岸するとVIP待遇で両陛下がお出迎えしてくれる。
国王代理のアルバートが母様をエスコートし一番に降りその後を護衛のアレックス父様が。私はミハイル父様のエスコートでタラップを降りる。
アルバートが緊張しながらレイシャル王国の代表として両陛下に挨拶し、アンリ陛下と母様はハグをして笑い合っている。
私に気付いたアリン陛下が私の元に駆け寄り抱きついて来た。
「まぁ!すっかりレディになったわね!出来るならヒースの所に来てほしかったわ!」
「いえ、私など聡明な殿下には…」
すると笑いながら挨拶終えたギラン陛下が来てアンリ陛下から助けてくれ、優しくハグしてくれる。
ギラン陛下は美形だけど少し背が低く、私とあまり変わらない。顎髭をたくわえ大人色気たっぷりだ。
「アリサ殿下はますます春香陛下に似てくるね。求婚者が絶えないと聞いているよ。今回各国の王族が多数参列する。いい出会いがある事を願っているよ」
「ありがとうございます」
陛下は親しみやすく話しやすい。ふと視線を逸らすとアルバートはティナ皇女殿下にご挨拶している。ティナ殿下はアンリ陛下に似て女神の様に美しい。
『あ…アルは絶対ティナ殿下は惚れたなぁ…』
双子だからアルの気持ちは手に取るように分かる。この出会いは2人を結び付ける事となり。5年後に正式に婚約する事となった。
ギラン陛下が王位を継ぎ婚約者が決まったヒース殿下は同時に皇太子となる。
アンリ陛下が本気でヒース殿下の相手に私を望んでいて、事あるごとにヒース殿下に会わされた。しかし私はヒース殿下から聞き知っていた。側近候補の侯爵家令息の妹君を幼い頃から想っていて将来妃に望んでいた事を。
私は幼い頃から想う人がいるのが羨ましく、ヒース殿下の恋バナをまるで恋愛小説を読む感覚で聞いていた。
殿下はアンリ陛下や側近から他国の姫を娶る様に進言されていたが、全て無視してお父上であるギラン陛下の様に想いを貫き、初恋の相手と結ばれたのだ。
そんな夢の様な恋バナを思い出していたらギラン陛下が
「アンリは思い込みが激しい所があり、アリサ殿下には迷惑をかけたね。ヒースは私に似て一途なんだよ。男は愛する人は生涯1人だけ。アリサ殿下にも素敵な男性と近いうちに逢える筈だ。父君という難関も何なく突破して貴女を生涯愛してくれる男性がいるはずだ」
「ギラン陛下の様に素敵で勇敢な殿方はいらっしゃるのでしょうか⁈」
「必ずいるから待っておいで」
そう言うと頭を撫でてくれるギラン陛下。
父様達の様に勇ましくないし美形でも無いけど、心が大きいいのがよく分かる。
その優しい眼差しドキドキが止まらない!
そして陛下はアンリ陛下の元に行き陛下を抱き寄せる。アンリ陛下を大切にしているのが仕草や視線で分かる。
母様を溺愛する父様達も同じく一途で熱烈だがときめか無い。実の親だから?
そしてバーデラン滞在中は恋愛劇を見るかの様に両陛下を観察して、アンリ陛下を自分に置き換えて妄想し過ごした。
「ギラン陛下とは予想外だったなぁ!」
「私はすぐ近くに居たが気付かなかったよ」
「アルはティナ様に釘付けで他の事なんて目に入らなかったでしょ!」
「そんな事は…」
アルも私もバーデラン皇国滞在中は他国の王子や姫からの面会と言う名目のお見合い続きでバーデラン皇国を観光すら出来なかったのだ。沢山の王子とお会いしたが、ギラン陛下と勝手に疑似恋愛していた私は、容姿端麗な王子も頭脳明晰な高位貴族令息も眼中になく、私の恋心を心揺さぶるお方はいなかった。
「あれ?確かあの時…」
「気づいた?流石ね私の半分」
「半分って言うなよ」
「「?」」
実はこのバーデラン皇国訪問の時に今の夫と知り合いあっていた。
しかしこの時は挨拶をしただけで辛うじて名を覚えていただけで、後日会っても覚えておらず後々夫にショックだったと言われた。
「で、3番目はギラン陛下?なのは分かった。でいつラインハルトが出てくるんだ?」
「えっと…次?」
「次っていつだ?」
「アカデミーに入ってからだよ」
私の恋愛話なのに何故かアルバートが答えている。アルバートが変な事言ったら、アルバートの内緒話を暴露してやろうと思っていたらショーン兄様が
「そうかラインハルトとはアカデミーの同級生だったなぁ」
「そうよ。クラスは違ったけど」
するとフレッド兄様が笑いながら
「確かアリサがアカデミーに入学してから、父様達の過保護が加速してアルやウィルに毎日報告させていたのを思い出したよ」
「父様達そんな事させていたの⁈」
「そうさ!留学していたアフルガンのモーフィアス殿下のアプローチが激しく、強制退学させようと画策してたんだぜ」
「知らなかった…」
この後、恋愛話から逸れて暫くアカデミーの話で盛り上がった。やっと恋バナから解放されたと安心していたら
「で!アリサ。接点の少ないラインハルトと親密になったきっかけは何だったんだ?」
「もぅいいじゃない!」
「ダメだ。反対した父様をどうやって説得したんだ⁈」
時計を見ると1時を過ぎた。過去の恋愛を全て話したのに、今度は夫との馴れ初めをはかされる。妹の恋愛話は楽しく無いと思うんだけど兄様達は聞く気満々だ。
一旦、子供達の様子を見てくると兄様達から逃げて眠る子供達の部屋へ。
流石に子供達と夫は眠っていた。眠る夫と子供達に口付け、そのまま私も寝ようか悩んでいたら、アルバートが迎えにいた。
アルも兄様達に逆らえなかった様で、アルに部屋に連れ戻された。
部屋に戻ると兄様達は酒盛りを始めていた。
そして
「はい。どちらからアプローチしたんだ?」
深い溜息を吐き終わらない夜に遠い目をして、夫と初めて会った時の事を思い出していた。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマーク登録&評価をよろしくお願いします。
『いいねで応援』もポチしてもらえると嬉しいです。
4ヶ月ぶりのアップです。やっとアリサの夫の名前が出てきました。次話からアリサと夫の恋愛話に入ります。
また間があきますが、他のお話を読みお待ち頂けたら幸いです。
Twitter始めました。#神月いろは です。主にアップ情報だけですがよければ覗いて下さい。