2.初恋
アリサ4歳。恋を経験する
“♪〜♪”
部屋に懐かしいピアノの旋律が流れてきた。
振り向くと侍女のエリが音石と光石を並べて置き音楽を流してくれる。この音色は母様が弾いたピアノを音石に録音したものだ。
『下手だから嫌なんだけどね』
そう言いながら母様は音石に録音してくれた。小さい頃から寝る時や寂しい時に鳴らし心を落ち着かせてきた。
兄様もエリも耳を傾けて懐かしそうに聞き入る。一緒にピアノの音色を聞く侍女のエリは元はコールマン侯爵家の町屋敷の侍女だった。母様が婚姻前にコールマン家の町屋敷に滞在した時にエリと気か合い、婚姻後は母様の専属侍女になった。
エリはもう1人の母様の様に私達兄妹を愛してくれた。
「母様のピアノは下手だったけど、聞くと心が穏やかになるよ」
「音石を発見したのはアリサだったなぁ」
「えぇ…あれは家出した時に滞在したヴェルディアの鉱山で転落した時に偶然にね」
そう音石は音を蓄積し光石を当てると音を鳴らす特性を持つ鉱石だ。
母様はご自分の寿命を分かっていた様で、音石に父様達宛のメッセージを残していた。父様達は今頃母様の部屋で母様の声を聞いているだろう。
「あれが初恋だったなぁ…」
「「「はあ⁈」」」
兄様達は一斉に立ち上り凄い勢いで詰め寄り圧が強く怖い!
「初恋は兄様だろ!」
「隠すためにそう言う事にしていたの」
「何故だ!アリサが兄様に嘘なんて!」
「母様がそうしなさいって。兄様も煩いけど父様に知れたらお相手が危ないもの」
「「「・・・」」」
私を溺愛する父様が知ったら相手に圧力を掛けるに決まっている。母様に少しでも近づく殿方達への対応を見ていて幼いながらに理解していた。
「誰なんだよ。もう時効だろ」
「ヴェルディアのコスナー伯爵家のジャズ様」
「誰だ其奴は⁈知らんぞ」
初恋の相手が自分で無いと分かった兄様達は口々に相手の事を聞いてくる。もう20年以上の話なんだから今更聞かなくても…
煩いから過去の記憶を辿り話出す。
あれは母様と家出してヴェルディアに滞在していた時の事。鉱石の採掘を見たいと言った私を宰相様が鉱山に案内してくれた。鉱山に着くとコスナー伯爵と御子息のジャズ様が迎えてくれた。鉱山はコスナー伯爵家か国から管理を任されている。
鉱山に着くと直ぐに母様は鉱夫達に面会し、色々話を聞いていた。この時は知らなかったが、見学に来た鉱山は政治犯が収監されている。母様は犯罪者でも人らしい暮らしを望まれ、鉱夫の暮らしぶりの確認の為に鉱夫と面会をしていた。
印象に残っているのが高齢の男性だ。彼は母様に頭を下げて感謝している。彼の所作は洗礼され元は高位貴族だった事がわかる。老人は…
「王太子妃に感謝致します。本来死罪になる私がヴェルディア発展に携れ幸せにございます。こちらに送られた時は死ぬまで鉱山でこき使われ、苦痛を受け死に行くんだと覚悟いたしました。それが…温かい食事に湯浴みに綺麗な身なりを与えて頂き、その上週1度の休暇まで…人らしく暮らしております。全て王太子妃様のご意向とお聞きしました。私は貴女様に非道な事をしようとしたのに…」
男性は涙して母様の手を取っている。
私が成人してから聞いた話だ。この時の老人は母様を誘拐し媚薬を盛ろうとした首謀者で、ジャン陛下が処刑しようとした所を母様が反対し生涯鉱石の採掘作業にて罪を償う事になったそうだ。
母様に理由を聞いたら
「死罪にするのは簡単な事。あの時ヴェルディアは国王が代わり鉱石の取引が増え、発展のチャンスだったのよ。人手が欲しい時に犯罪者といえども労力になる。それに高位貴族が平民の生活をして肉体労働するだけでもかなり辛い事。それも長い間よ。十分罪を償えるわ」
話を聞いた時、母様の慈悲深さを改めて実感した。だから皆から愛されたんだ。今日の国葬でも沢山の参列者早すぎる母様の死を悲しんでいた。
「アリサが好意を抱いた男の話をしてくれよ」
ショーン兄様が眉間に皺を寄せジャズ様の話を急かす。まだシスコン継続中の兄達に苦笑しながら音石を見つけ恋に落ちた時の話をする。
母様が鉱夫と話していて暇になった私をジャズ様が採掘場に案内してくれた。
私とジャズ様そしてレイシャルの騎士とヴェルディアの騎士が各1名の計4人で採掘場を見て回っていた。見学した時は温石を採掘していて、採掘場は暖かく鉱夫のおじさんはみな半袖で鑿と金槌で器用に採掘して行く。
「ほかにどんな石が採れるの?」
「この鉱山は温石のみです。冷石と水石は同じ鉱山から採れ、光石はまた別の鉱山で採れます」
「ふ〜ん」
所詮4歳児か鉱石に興味なんてある訳なく、私は単純にダンジョンみたいな鉱山にワクワクし探検気分を味わっていた。そして夢見心地な4歳児は木の柵のバリケードを見つけ興味がわき…
「お転婆なアリサなら次の展開がわかるよ」
「フレッド兄様の想像通り展開ですわ」
鉱山は沢山の通路が有り、至る所にバリケードがある。このバリケードの先に何が有るのか気になりジャズ様に聞くと
「この先は亡霊が棲みついていると昔から言われ、入った者は恐怖で気が触れるそうです。だから…アっアリサ殿下!」
「亡霊!見てみたい!」
馬鹿な私はバリケードの柵の間に頭を突っ込み亡霊がいると言われる通路の先を覗くと先は真っ暗で…
「きゃあ!」
「アリサ殿下!」
柵が緩み前に倒れた!咄嗟にジャズ様が私を引っ張り柵から抜けたが、柵の向こうは坂になっていてそのまま転げ落ちた。ジャズ様が私の手を引き抱き込んでくれ、そのまま抱き合ったまま2人して落ちて行った。
ジャズ様は私の10歳年上の14歳。ヴェルディア人特有の高身長で体も大きい。14歳にして父様に近い背の高さだ。そんな大きなジャズ様に抱かれ、転げ落ちても全く痛くない。
むしろ温かくいい匂いがして安心した。
やっと止まったら真っ暗で何も見えない。普通の4歳女児なら怖くて泣く所が、あの母様の娘である私は至って冷静で…
「ジャズ様。光石はある?」
「アリサ殿下!大丈夫です。直ぐに助けが来ますから!…ん?光石ですか?」
「はい。真っ暗です」
「アリサ殿下は怖く無いのですか?」
「ジャズ様が居るし落ちたけど騎士さんが見てたから直ぐ来てくれるよ」
「アリサ殿下…」
真っ暗だけど私ジャズ様が強く抱きしめ、恐らく私を見ている。
「ジャズ様!光石!」
「はい!小さいですが辺りを照らす位の物なら…」
そう言って腕を緩めたジャズ様はごそごそ何か探し床に光石を置き、まっちを擦って火を着けると光石が光り…
“£$*¥○…”
“#◻︎*×…”
「亡霊が…」
ジャズ様が私を抱き寄せ小刻みに震えている。私も初め怖かったけど…
“アリサ殿下…”
「ん?ジャズ様呼びました?」
「いえ…」
“ジャズ様!光石”
あれ?私とジャズ様の声がする。薄暗い空間を見渡すと数カ所で薄紫に光る部分がある。
ジャズ様から離れて光る壁に寄ると…
“アリサ殿下…”
『あっ!まただ!』
振り返りジャズ様を見たが喋っていない。しかし後ろの薄紫に光る石はずっとジャズ様が私を呼ぶ声がする。
この石おかしい?母様なら分かるかなぁ⁉︎
程なくして助けが来た。
「無事か⁈」
「はい!」
「ジャズ!ロープを投げる。アリサ殿下とお前の体にしっかり巻き付けアリサ殿下を支えなさい。準備出来たら声をかけろ!引っ張り上げる」
「分かりました!」
ジャズ様は私とジャズ様をロープで縛り、私を抱き込んだ
「上げて下さい!」
ゆっくりロープは引っ張り上げられ、ジャズ様は斜面を上がって行く。
「アリサ殿下。もう大丈夫です。何があっても離しませんから」
「うん。がんばってね」
ジャズ様は大きな体で守ってくれてるけど、少し震えていて…
「ジャズ様。大丈夫だよ…」
と背中をポンポンして上げた。不安な時に兄様がしてくれると安心したから、今怖いジャズ様にもして上げた。
するとジャズ様は微笑み私の頬に口付けた。
10歳も年上だけど守ってあげたくなり、今思えばこれが初めて異性を愛おしく想った時だった。
程なくして元の場所に戻った。皆んな悲壮な顔をしている。これは後で母様から叱られる…
ジャズ様と結ばれていたロープを解いてもらうと、母様が来て抱きしめてくれた。
母様の香りに包まれ安心したら眠たくなり寝てしまった。
目が覚めたらレイシャルの騎士のダン君に抱っこされていた。どうやら助けてもらい母様に抱きしめられたら寝てしまったようだ。
「ダン君。何処?」
「屋敷に着いてお部屋にお連れしている所ですよ」
「母様は?」
「ジャン陛下がお見えになり、貴賓室でお話ししておいでです」
「母様のところに行きたい」
「ですが…お休みになった方が…」
渋るダン君を説得して貴賓室へ
入室すると大きな陛下が目の前に来て跪いて謝罪される。誰も悪く無いのに…
陛下と一緒に沢山の大人が頭を下げている。
すると母様が
「頭をお上げ下さい。アリサの不注意で皆さんにご心配とご迷惑をお掛けしました。アリサ丁度よかったわ。危ないから柵に近付かない様に言われませんでしたか?」
「言われました」
「それを守らなかった貴女が悪いのです。軽率な行動が皆な迷惑を掛けるのです。こういう時は?」
微笑んでいるけど明らかに怒っている母様。
母様は身分関係なく迷惑をかけた時は謝る事を常日頃言っている。これは”謝りなさい”だ。
「ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
母様は抱きしめてくれて頭を撫でてくれる。
謝罪が終わると着席しお茶とお菓子をいただく。すると陛下が
「ジャズに聞いたが流石春香殿のお子だ。普通なら怖くて泣く所が、光石をジャズに灯す様に助言し助けを待つまで冷静だったとか」
「だってジャズ様が居たから。それに亡霊は私とジャズ様の口まねしてただけだから怖くなかったよ」
「口まね?」
みんな驚いた顔をしてジャズ様に真意を聞いている。
「アリサ殿下が言われた通り、私とアリサ殿下声が聞こえました」
「空間に反響したのでは無いのか?」
「いえ、2人とも口を噤んでいても聞こえたんです」
「まるでカナートみたいだったよね⁈ジャズ様!」
カナートは人の言葉を真似て喋る愛玩動物で貴族の屋敷には大抵いる。
腕組みをした母様が…
「その亡霊が居ると言われる場所は、声がするんですよね?」
「はい。沈黙しているのに話し声がきこえるんです。採掘中に稀に見つかり直ぐにあの様に封鎖しております」
コスナー伯爵が説明してくれる。すると母様がジャズ様に色々質問して…
「アリサとジャズ殿の話から想像するに、亡霊が出ると言われる場所は音を蓄積する”音石”が有るのでは?」
「「「「「音石?」」」」」
「アリサ。空洞に着いて真っ暗な時は何も聞こえず、光石で明るくなったら聞こえてきたのね⁈」
「うん。だよねジャズ様」
「はい。間違いございません」
こうして亡霊では無く採掘作業者の声を蓄積し、明かりが当たる事で音を再生していると推測し、後日私達が帰った後に調査された。
そして音石が発見され世に広まった訳だ。数ヶ月後にジャン陛下自らレイシャルを訪れ、発見した音石を大量に持って来てくれ感謝された。
今では音石は平民にも広まり当たり前にどの家にも有る鉱物になった。
「音石の話はいい。その情けないジャズの何処に惚れる要素があるんだ」
「そうだよ。暗闇で震えていたんだろ?レディを守るべき男が情けない」
「だって大きな男性が震えていたら、反対に守ってあげたくなりなるじゃない」
静かに話を聞いていたアルバートが
「アリサは普通のレディと違うのは兄様は知っているだろう⁈母様に似て優しくて肝が座っているのさ」
流石双子の片われだ。私の事をよくわかっている。アルバートの言葉に納得いったのかショーン兄様が
「で、いつまで好きだったんだ」
「レイシャルに帰ってきて少ししたら、丸っと忘れたわ」
「初恋なんてそんなものさ…」
「それに後で分かったけど、出会った時にはジャズ様はすでに婚約していたらしいし」
するとやっとソファーに深く座り直したショーン兄様が
「その初恋の話をジャン陛下の耳に入らなくて良かったなぁ…」
「何故?小さい子の気まぐれを本気にしないと思うけど⁈」
「いや、母様との繋がりが欲しいヴェルディアの事だ。知ったらジャズ殿の婚約を破棄させて、アリサとの婚約話を進めた筈だ」
「アリサが生まれて婚約を一番に申込んだのは確かヴェルディアだったぞ」
そう言えばヴェルディア滞在中はやたらに王子や高位貴族の子息に会わされたさなぁ…
今思うとプチ見合いさせられてたんだと知った。
「ふっ」
急に笑ったフレッド兄様が
「ついでだ。次に恋したのは誰だった?」
「なんで今になって私の恋愛話聞きたいの?」
「どうやら隠し事がいっぱい有りそうだからなぁ。どうやって隠していたのか知りたくなったのさ」
「知りたい!」
「俺は1人なら知ってますよ」
「アルバート!」
「この際白状しろアリサ!」
こうして兄様達に私の恋愛遍歴を話す事になったのでした。
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