月蝕
月蝕が見える。
太陽があるのはまだ天蠍宮。
月蝕の時に生まれる子は、感情が見えにくい。
まわりからは、太陽星座の影響が強いように見える。
星はよく見えない。
街灯が多すぎるし、ライトをぴかぴかさせた車がゆっくり走っていくから。
夜空をしっかり見るなんていつぶりだろう?
このところは、イングレス・エフェメリスとにらめっこして、ホロスコープをつくるばかりだった。
天体観測が楽しかったのはずっと昔の話。
本当にエフェメリスと同じかどうか、たしかめたよね。
今はその時間が惜しい。
望遠鏡は捨てた覚えがないから、まだ持ってると思う。
埃まみれだろうけれど。
でも、月蝕だよと君が教えてくれた。
それで、自分の持っているエフェメリスは、去年までだったと思い出した。
そのあと、少しくらいなら見てもいいかなと思ったんだ。
月蝕はなんだか気味が悪かった。
赤くて、徐々に欠けていって、ぼんやりしている。
月の影響力はその瞬間、たしかに弱まっているように感じられた。
写真を撮ろうとしたけれど、うまくいかなかった。月は夢だけじゃなく、いろんなものを食べているみたいだ。
月は徐々にふとっていく。
エネルギーがまた充ちていく。
この月蝕の瞬間に生まれた子は居るんだろうか?
その子のホロスコープもつくることになるかもしれない。
太陽は天蠍宮。春分点はずれている。トロピカル方式はとらない。それがこだわり。
今夜生まれた子は手先が器用になるだろう。そのかわりに、お酒に気を付けなくちゃいけない。
星は一日で361度移動する。
昨日よりも1度西へ進んだ星がきらめいている。
地上がもう少しくらければ、それがはっきり見えるだろう。
星はくるくると移動して、その一瞬を切りとろうと、人々は躍起になってホロスコープをつくるんだ。
この夜空は、25800年前のものとほとんど同じ。
みんな巡っている。
同じだけの時間が過ぎたら、夜空を見て、こんなふうに考えるひとが居るだろうか?
この空は25800年前とほとんど同じだと。
ずっと上を向いていたから、首が痛いけれど、まだ仕事が残ってる。
今度、あたらしいイングレス・エフェメリスを手にいれなくちゃ。
今年生まれた子達のホロスコープもいつかつくるかもしれない。
それと、望遠鏡の手入れをしよう。
君ともう一度、空を見たい。
しっかり見えるようになった月へ手を振り、またねといって、白い息を吐きながら家へと歩いた。