表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

跳ねる雫

作者: 暖淡堂

 小学生の頃のことだ。四年生か五年生だったと思う。

 その日の午後の授業科目は覚えていない。

 つまらなかったことは確かだ。

 だから、僕は授業の間、ずっと窓から空を見ていた。


 窓から見える空一面に雲が広がっていった。

 そこに、暗い灰色の雲が大量に流れてきて、あっという間に空を覆ってしまった。

 授業が終わる頃には、大粒の雨が落ち始めていた。


 低学年の教室の前はいつも、牛乳の匂いがこもっているが、児童用の玄関には、湿ったカビ臭さが満ちていた。それが雨でさらに強くなっていた。

 玄関の外のコンクリート製の階段では、雨樋から流れ出た雨水が滝のようになって落ちていた。


 祖母が持たせてくれた傘が役に立った。

 朝、家を出る時、邪魔なので置いてこようとしたのだ。

 それに気づいた祖母が小走りに追いかけてきて、手渡された。

 それで仕方なく持ってきたのだ。

 傘をさして外に出た。傘は、足元が濡れるのを防いではくれなかった。

 靴がすぐにずぶ濡れになり、靴下と足の間にも水が溜まった。

 

 家までの道は、途中でアスファルトの舗装が途切れていた。

 その先は砂利道になっていて、ところどころ大きな水溜りが出来ていた。

 水溜りの表面で大粒の雨が波紋を残しながら跳ねていた。

 学校と家とのちょうど中間辺りに灌漑溝があり、コンクリート製の橋が架かっていた。

 橋に近づくと、水が流れる大きな音が聞こえた。

 夏の時期には、農業用の水が流されているが、それが大雨で増水しているようだった。

 

 橋の手前には、池のような大きな水溜りがあった。

 周囲の草むらからも水が流れ込んでいるようだった。

 不意に、風景が真っ白になった。

 その光が消えると、前よりもさらに暗い風景が戻ってきた。

 そして、重い雷鳴。思わず傘に隠れるようにしゃがみこんだ。


 雨はさらに強くなった。

 橋の前の水溜りでは、無数の雨粒が表面を叩き、跳ね返り、細い棘が何本も生えているように見えた。

 その棘が、風に吹かれて揺れていた。

 よく見ると、その棘はゆっくりと群をつくり、揺れながら移動していた。

 棘は、移動を続けながら少しずつ太くなっているようだった。


 また、強い光。そして、暗闇。

 鼻に、ツンとくる匂い。

 網膜に、不思議な残像が残った。

 太くなった棘の先端に、なにか丸いものが膨らんでいたようだった。

 稲光。その時、丸い何かが開いたように見えた。


 それは、小さな手のひらだった。

 その手のひらが、無数の手のひらが、ゆらゆらと揺れていた。

 僕は傘の柄を握りしめたまましゃがみこみ、その不思議な光景を見続けていた。


 冷たく、強い風が吹いた。

 揺れていた無数の手のひらが潰されるようにして、水溜りに消えた。


 雨が弱くなったようだ。

 僕は水溜りの縁を通り、灌漑溝の橋を渡った。

 そして、小走りに家に向かった。


 その背中を、灌漑溝を流れる水の音が、どこまでもついてくるようだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ