婆さんと魔物と米俵と
米がねぇ! コメもねぇ! なんもねぇ!
昔むかし、あるところにお爺さんとお婆さんが、暮らしておりました。
「やい爺さん、飯はまだか!」
「おい婆さん、飯はさっき食ったばっかじゃねぇかっ!」
お爺さんとお婆さんはある意味、元気に過ごしておりました。
しかし、ある日予想だにしない事件が起こります。
「ありゃ、婆さん。台所にあった米が全て消えておったわい。何か知らんか?」
「爺さん、わたしゃあの胃袋をなめたらあかんよ。あんぐらいの量、全部食べ切ってしまったわい」
「なんじゃと!?」
爺さんはとても驚きました。婆さんは普通の人より良く食べることは知っていましたが、まさか家中の米(1トン)を食べつくしてしまうなんて、想像できませんでした。
実はお婆さんはイライラすると、やけ食いをよくします。怒りのエネルギーを食べることに費やすのです。幸幸か不幸か、お婆さんは生い先が短いのでやけ食いをいくらしても問題はある意味ありません。
それどころか、お婆さんはスーパーにいつも遅くに行って、半額シールの張られた弁当やお惣菜をこれでもかというほどカートに詰め買っていくのが日課なのです。
(お婆さんは常識のある人なので、半額シールはちゃんと張られたものを取ります。間違ってもスーパーの店員さんに張ってと脅迫することはしません。)
ところで、お爺さんは家中の米が無くなっていたことである問題を抱えていました。そう、それは明日から3日間何も食べるものがないという問題です。
「婆さん、明日の飯がないんじゃがどないするんじゃあ!」
「そんなもの、スーパーに行って買ってくればよかろうに」
「婆さん違うんじゃ!」
お爺さんが慌てるのには訳がありました。
「婆さん、明日は台風がこの地域に直撃するんじゃ! スーパーもどこもあいとりゃせん」
「なんじゃと!?」
そう、明日は台風。どこのお店も閉めるに決まっています。
「しかし、この家に何もない訳じゃなかろう」
この時のためにか、この家には災害が起こったとき用に缶詰や水が備蓄してありました。それでなんとか凌ごうと考えたお爺さん。
そういうことで家の床倉庫を開けましたが、なんとびっくり。そこはもぬけの殻でした。
「婆ぁ!! やりやがったなっ!」
そうです、この床倉庫にあった食材はすでにお婆さんが平らげてしまっていました。
「あんなもの、腹の足しにすらならんかったよ」
「知るかぁ!」
困ったお爺さん。もうこの家には米の一粒もありません。筆者もコメの一つももらったことがありません。(婆さんが平らげたんかな?)
どうしようかと途方に暮れるお爺さん。そこにお婆さんがある提案を持ちかけてきました。
「爺さん、確かにこの家にはもう飯はない。それはお爺さんが作る飯がおいしすぎるからでもある。爺さんのせいじゃね?」
「抜かせバカ! 非常食バリバリ食ってしまったのはどこの誰じゃ!?」
「まあ、爺さん、落ち着きなされ。このわたしゃあが責任を持って食べもんを見つけてくる」
「婆さんどうやって?」
「この村の外れにルルヤという町があるじゃろう。そこはある悩みを抱えておるのじゃ」
「それはなんじゃ?」
「お爺さんもわかっておるじゃろう
魔物じゃ
」
魔物という言葉がお婆さんから出た時、お爺さんの顔が強張りました。
「婆さん、本気か」
「ああ、いつかヤらねばいけないとずっと思ってきた。それが今だということよ」
昔むかし、この大地、アルゼンテには様々な生物が暮らしていた。
木よりも大きく、岩のような肌を持つ者、ジャイアントロック。目よりも小さいが、人が走るよりも遥かに速いスピードで飛び回るブンブン。森にすみ、時々人里に現れては人々を脅かす、クッマ。
その生物たちはかつて、お互いの長所と短所をそれぞれ認め合って、互いに手を取り合ってこの危険な大地アルデンテで命を繋いできた。
しかし、その手は離れてしまった。
人が、人間があまりにも強欲すぎるがゆえに。
「婆さん、本当にいいのか」
「ああ、仕方のないことよ」
ルルヤと呼ばれる町は長年魔物に苦しめられていた。魔物が農作物を荒し、人を襲うからだ。
しかし、魔物も理由がなく、人々を苦しめているわけではない。
魔物は人間に利用されていたのだ。それはお互いを助けあう、というわけではなく、人間が楽をするために。
その悪逆非道の限りは、具体的に何をされたのかを知る人はほどんどいないが、魔物たちは今でも覚えているのだ。
「婆さん、魔物がなぜわしらを襲うのか、知っておるじゃろう?」
「ああ、もちろんじゃ爺さん。しかし、今は仕方がないじゃないか」
ルルヤはお婆さんに依頼をしていたのだ。それは町に被害をもたらす魔物の殲滅。残酷なことになるのを婆さんは知っていた。
婆さんは元勇者だった。女勇者だったのだ。魔物を倒すことはもう何度もやっていた。
しかし、ルルヤの事情を知っていたお婆さんはこの依頼を断り続けていた。
わっはっはっ