Episode:96
「まったく。上級隊がそれでは、命が幾つあっても足りませんよ。それで、二点目なのですが」
突っ込んだあと一旦言葉を切って、タシュアがまっすぐ私を見た。
真剣な紅い瞳に、なぜかどきりとする。
もしかしたら、そんなことを考える。
「シルファ、私が死んだら、あなたはどうします?」
「――え?」
予想もしなかった言葉に、すべてが止まった気がした。
言われていること自体は分かる。だが、理解できない。
タシュアが――死ぬ?
「そんなこと……」
あるわけがない。私が死ぬならともかく、タシュアが死ぬなんてあり得ない。
「……冗談……だろう?」
多分私は、笑い飛ばそうとしたのだと思う。けれど表情は、意志に反して固まったままだった。
「冗談で済めばよいのですけどね」
ほんの少し、タシュアが哀しげな顔をする。
「無いとは言えませんよ。なにしろ、傭兵として任務に出る身ですから。予想外のことは、いつでも起こり得ます」
畳み掛けるように続く言葉。
「そのとき、あなたは立ち直れますか?」
「……」
答えられるわけがなかった。
――タシュアが、居なくなる。
そうしたら私は、また独りになってしまう。やっと見つけた居場所が、なくなってしまう。
「いや、だ……」
呼び起こされる記憶に、手足が冷たくなってくる。
血の気が引いていくのが、自分でも分かる。
「独りは、いやだ……」
ありありと思い出す。楽しそうな話し声を、壁越しに聞いていた日々を。
暗い部屋の中、ひざを抱えて、聞き耳だけを立てていた。
本当は中に入れてもらって、一緒に話をしたかった。手の触れる場所に、誰かに居て欲しかった。
けれどそれを口にするのは、家から追い出されることを意味していて……。
「置いて……行かないでくれ……」
怖くて涙がこぼれる。
優しくしてくれた人と、何度も何度も引き離された。泣いて追いすがると、ひどく怒られた。
だから目立たないように、追い出されないように、家の隅で息をひそめて、ただ黙って毎日を過ごしていた。
暗く、冷たく、寂しい記憶。
辛くて悲しくて、このまま消えてしまいたいと、何度思っただろうか?
「シルファ、落ち着いてください」
タシュアの声。
「別に、今日明日死ぬわけではありませんよ。生き汚いのが取り得でしてね。ただ――」
何か言っているが、頭に入ってこない。
いやだ……独りはいやだ……。