Episode:95
「そんなことはないだろう……? タシュアなら、それこそ大学にだって……」
教官からの評価が低いという問題はあるが、タシュアは実技と同じくらい学科も出来る。しかも在籍しているのは、英才教育で知られるシエラの本校、それもAクラスだ。どんな難関校でも難なく入れるはずだった。
だいいち私には、軍とは関係ない進路があると言っている。なのに自分はまた戦場へ戻るなど、矛盾だらけだ。
言葉を続けるタシュアから、表情が消える。
「私は、そういう存在ですからね。他に行くべきところなど、ありません」
凍りついたような、表情のない横顔。
深い溝が、そこにはあった。
たぶん、心のどこかで期待していたのだと思う。私がタシュアと居られればいいように、彼にも同じであってほしいと。
だがそんな思いが、どれほど甘いものだったのかを思い知る。
「すでにこの身は血塗れです。直間接を問わなければ、手にかけた命は、ゆうに三桁を越えるでしょう」
私さえも見たことがない、そういう修羅場を知っている者の言葉。
何か言わなくてはと思うが、声にならない。
「怨み憎しみ……どこでどれだけ買っていることか、最早想像することすらできません」
「けど、それは、タシュアのせいじゃ……」
やっとそれだけ言う。
彼の言っていることは事実だが、好きでやったことではない。そういう立場に無理やり置かれて、生きるためにはそうするしかなかったのだ。
「殺された側にしてみれば、そんなことは関係ありませんよ」
私の必死の言葉に、タシュアが冷静に返す。
「ただひたすらに戦い続けて、惨たらしく死ぬのが、私にはお似合いでしょうね」
あまりにも冷たい言葉と表情に、背筋が凍る思いだった。
たぶん、怒っているのだろう。感情を向けている相手は……彼自身か。
「まぁ、私のことはよいでしょう。何せ気まぐれな性格です。こんなことを言いながらも、どこぞで生き延びているかもしれませんしね」
まだ呆然としている私に、タシュアが少しだけ声のトーンを変えて言う。
あれは本音だろうが、言いすぎたと思っているのかもしれない。
「ただ、シルファ、あなたの選択肢が拡がったということは、間違いありません。今までよりももっと自由に、好きな進路を選択できますよ。
無限の可能性、などとは言いませんけどね」
いつものタシュアに、ほっとする自分が居た。
「慌てる必要も、まだないでしょう。卒業まで二年半ありますし、理由さえ正当ならルーフェイアの母親は、もう数年はおそらく待ちます。いろいろな情報を集めながら、ゆっくり考えるのがいいかと」
「……そうだな」
確かにタシュアの言うとおり、今から考えておいてもいいことだ。
とはいえ学院で斡旋してくれるところ以外は、何があるのかさえよく分からない。まずはそこからだろう。
帰ったら調べてみよう、そんなことを思いながら、ぬるくなったカップの中身を飲む。
「とりあえず、少々脱線してしまいましたが、以上が一点目です。それで、二点目ですが……」
「まだあったのか?」
ここまででもずいぶん深刻な話なのに、終わりではなかったらしい。
「最初に、二点あると言いましたが」
「そうだったか……?」
言われてみれば、そんな気はする。だが他の事――なにしろ私の部屋へ押しかけてきたのだ――を考えたりしていて、よく覚えていなかった。