Episode:92
「あなたの言うとおりですが、この買い取りの意味は、おそらくそこだけではありません」
推測であることを前置いて――だが間違ってはいないはず――タシュアは話し始めた。
「もう気づいているでしょうが、私たちを買い取ったルーフェイアの母親とその家は、財界の実力者でもあります」
「だろうな……。アヴァンでのルーフェイアも、すごかった」
何があったのは知らないが、どうもルーフェイアまで、その手の権力を使ったらしい。
タシュアの視線に気づいたのか、シルファが言いわけめいたことを言う。
「その、あれだぞ。別にわざとじゃなくて……私が困っていたのを、助けてくれたんだ」
「後輩に助けられてどうするのです」
つい突っ込むと、シルファが睨んできた。どうやらまた、怒りが再燃したらしい。
(困りましたねぇ)
よほど根が深いようだ。
もっともこの件に関しては、タシュアはそれ以上突っ込む気はなかった。
基本的に大人しく受け身のルーフェイアが、横からそれだけのことをしたのだ。通常では手に負えないような事態が起こり、それを何とかしたというところだろう。
なのでそれ以上は触れず、話を先に進める。
「ともかく、そういう家です。だとすれば私たちが学院を出たとしても、職には困らないでしょうね」
「……!」
シルファも気づいたようだった。
シエラの本校では、要件さえ満たせば卒業は随時可能だ。特に上級隊は、入った時点で卒業の要件を満たすため、その気になればいつでも学院を出られる。
しかし実際には大多数が、年齢制限ギリギリの20歳の春まで在籍していた。
理由は単純で、経済的なものだ。
本校生は孤児が多い。このため学院を出ても経済的な後ろ盾がなく、まず仕事を探すところから始めなくてはならない。
一方で学院そのものには、「シエラ本校生」というブランドを目当てに、かなりの方面から募集が来る。加えて20歳まで在籍してきちんと単位を取れば、士官学校卒業と同等とみなされ、各国の軍へ士官候補生として採用される道もあるのだ。
結果、学院側の仲介を経てどこかへ就職を決め、20歳の春に卒業する生徒がほとんどだった。
だが後ろ盾があるなら、話は別だ。
カレアナがどのような契約をどう学院と交わしたかは知らないが、相当の額が動いているのは間違いない。
それは裏を返せば、タシュアとシルファの二人に対してそれだけのことをする用意がある、という証明にでもあった。
いくら学院側に有利な条件とは言え、上級隊を2人だ。ちょっとやそっとの額ではないだろう。が、カレアナはその条件を飲んでいる。
加えて彼女は今現在、シュマーの実質的なトップだ。そしてシュマーは傭兵業から派生して、軍事、医療、科学と、多岐に手を広げる、一大財閥を有している。
その彼女が後ろ盾となったのだ。こちらが望めば就職先くらい、いくらでも探してくるはずだ。ならば早々に学院を出て好きな道へ進むことも、不可能ではない。
だから、問う。
「シルファ、あなたはこの先、どうして行くつもりなのですか?」
ギリギリまで学院にいるのはいい。だがその先を考えたとき、今までになかった選択肢が、突如としてできている。
もちろん、早急に答えを出す必要はない。ただ、今後やりたいことはあるのか、どういう道を選ぶのか、それらを含めて考えるにはよい機会だ。