Episode:91
「よく分からないが……買われるとどうなるんだ?」
「特には。時々急に呼び出されて、よく分からない任務まがいのことを、させられることはありますが」
シルファがあきれた顔になった。
「それじゃいったい、何のために買うんだ? 意味がないじゃないか」
「私に訊かれても。買った当人に聞いてください」
そうは言ったものの、だいたいの見当はついていた。おそらく、母親がらみだろう。
タシュアの養母であるローズとカレアナは、かなり親しかったらしい。
そして、あの性格のカレアナだ。友人に子が居た――ルーフェイアからの連絡で気づいたのだろう――と知って、保護のために策を立て、こんな形で庇護を与えようと思いついたに違いない。
それがシルファにまで及ぶとは、さすがに思わなかったが……。
当のシルファはまだ、不思議そうだった。
「ともかく、買われたんだな……。何を、どうすればいいんだ?」
「何も。なにしろこの買い取りは、保護が目的ですから」
「保護? 意味が分からないんだが……」
当たり前だと思う。こんな常軌を逸した話など、分かるほうがおかしい。
その「常軌を逸した話」を、シルファに順を追って説明していく。
「買取りというと分かりづらくなりますが、これは言うなれば、無期限の任務のようなものです。ですからこれを盾に、他の任務を断れるのですよ」
「え……?」
任務を断る学院生は、まずいない。断れば何らかの不利益が発生し、最悪の場合退学となるからだ。
それが可能ということが、どれほどの特権なのかは、上級隊のシルファにはすぐ分かったようだった。
「もちろん、限度はあるでしょうがね」
「そうだろうな」
いくら盾があるにせよ、生徒の面倒を見ているのは学院だ。その学院が損失をこうむるようなことは、さすがに許されないだろう。
「それにしてもそんなこと、誰が、何のために……」
「『誰が』は、ここの主ですね。
何のためにというのは先ほど言ったとおり、当人にでも訊いてください。まぁ状況から察するに、保護を与えたくなった、と言ったところでしょうが」
シルファが考え込む。
「理由はともかくとして、ここの主というのは……あの車椅子の人か……」
「違いますよ。ルーフェイアの母親のほうです」
一瞬の間。
そしてシルファは、納得したように何度も軽くうなずいた。
「あの人なら……確かにやるかもしれないな」
どういうわけか、あっさりと受け入れてしまったようだ。
(何をしたのやら)
カレアナの行動は常に常識外だが、シルファに対しても、そういうことをやったらしい。
「だがこれじゃ、ちゃんとした保護には……ならなくないか? 断れない任務は、危険なものが多いだろうし」
シルファの問いに、感心する。いつの間にかこういうことを、瞬時に気づくようになったようだ。
実際シルファの言うとおり、断れない任務があるとすれば、「他の生徒では代えが利かないもの」だ。
当然そういうものは、名指しされた生徒の能力でしか為せないもので、それだけに危険も伴う。
その点を、シルファは指摘したのだ。