Episode:90
歩いてすぐの屋敷へ、二人して戻る。
「部屋はどこです?」
「こっちだ」
さすがにシルファの部屋は分からないため、彼女の先導で廊下を歩いていく。
暗くて足元が見えづらいのだろう、シルファの歩調はゆっくりだった。
(せめて客が居る間くらい、明かりを点ければいいものを)
夜目の利く自分はさほど困らないが、シルファはそうは行かない。だいいちこれでは、夜中に部屋を出た客が、何かにぶつかって怪我をしかねない。
そんなことを思いながら着いた部屋は、タシュアにあてがわれたのと同じ階だった。どうやらこの階すべてが、客用になっているらしい。
鍵を開け中に入ったシルファに続いて、タシュアも部屋に足を踏み入れる。
(……おや)
点けられた明かりに目を慣らしながら、見回した室内は、タシュアの部屋より立派だった。ルーフェイアの客ということで、最上位の部屋が充てられたのだろう。
「それで、話とは何だ?」
声を少し尖らせて、シルファが言う。先程はだいぶ気持ちの整理がついたように見えたが、違ったようだ。
「その前に、着替えを。風邪をひきます」
促すと、彼女はうなずいてクローゼットを開けた。しばらく逗留しているせいで、持ち物は鞄から出してあるらしい。
着替えを持って、部屋に備えられた浴室へ、彼女の姿が消えた。
扉ごしに響く水音を聞きながら、どう言えばいいのか考える。
シルファが向けている好意がどんなものかは、分かっているつもりだった。彼女自ら身体を許すのが、どういう意味を持つのか、さすがのタシュアでも理解できる。
むしろ、だからこそ、だった。
それだけの好意を向けてくれているのに、何かの形で彼女の成長を邪魔するようなことは、あってはならないと思う。
いまのうちにと呼び鈴を鳴らし、温かい飲み物を頼み、待つ。
やがて水音が止み、髪を纏め上げたシルファが姿を見せた。
「それで、話というのは……」
「二点ほど。ですがまず、かけてはどうです?」
椅子を勧め、落ち着いたところで話し出す。
「一点目ですが……あなたの学院内での立場が、変わったのは知っていますか?」
「何のことだ?」
どうやらカレアナは、まだこの件を話していなかったらしい。
(真っ先に当人に言うべきでしょうに……)
もっともタシュアのときも、頭越しに決めて事後通達だったことを思うと、今回もそうなのだろう。
「私が卒業までの期間、すでに買い取られていることは知っていますね?」
「ああ、聞いた」
タシュアもこの件については、シルファに話している。それをきちんと、覚えていたようだ。
「推測ですが、シルファ、あなたも同じ状況になっています」
彼女が、いぶかしむような表情になった。
「……どういうことだ?」
「そのままとしか言いようがないのです」
言って、簡単に説明する。
学園長室であった、幾つもの意味ありげな会話と行動。加えて先程のカレアナの、「シルファはうちで預かる、これでいいじゃない」の台詞。
これらから考えられる結論が、シルファの買取しかない。そう彼女に言う。