Episode:88
夜のせいか、袖なしのシャツブラウスにショートパンツという、珍しい格好だ。
月光にさらされている四肢に、目を奪われる。彼女がこういうふうに肌をさらすのは、滅多になかった。
そのシルファが、サイズを振り下ろし、振り上げ、薙ぎ払う。
月明かりの下、動きに合わせて舞う髪が綺麗だった。
(――髪だけではありませんか)
真剣な表情。
あまり意識したことはなかったが、こうして見ると美人だと思う。
可愛げがない、同学年から上の男子生徒は彼女のことをそう言うが、表向きだけだ。実際には、シルファの人気は高い。
加えてスタイルがいいだの色気があるだの、様々な噂を耳にする。
――まぁ中には、ろくでもない噂もあるが。
だがそれも裏を返せば、それだけ注目されているということだ。
けれど当のシルファは、タシュア以外にいまのところ、興味を示さない。
それがいいのか悪いのか、タシュアには分からなかった。
身体を入れ替え、切りつけ、下がる。サイズ(大鎌)の切っ先が軌跡を描き、その動きを追いかけるように黒い髪が舞う。
(休暇中ぐらいゆっくりすればよいものを……)
この様子では、旅行中も身体を動かしていたのだろう。下手をすると、何かひとつかふたつ、退治までしていそうだ。
行動派の彼女らしいが、せっかく旅行に出たのなら、もう少しのんびりしてもいいのにと思う。
それにしても、あれだけ大きさのものを自在に操るのだから、相当の努力だ。
武器をサイズに変更すると唐突に言い出したとき、シルファが自分で決めたこととはいえ、難色を示したのを覚えている。
槍、せめてグレイブならまだしも、サイズとなると扱いが格段に難しくなる。加えて扱いの難しさから、攻撃の方法までが限られるのだ。大きければそれだけ重さも増し、いろいろな意味で女性の細腕には荷が重い。
そう思って忠告したのだが、彼女は頑として譲らず、代わりに自らに厳しい訓練を課した。
今の舞うような動きは、その結果だ。
もっともタシュアは、シルファに対して頑張れと声を掛けたことは、今まで1度もない。むしろ、やり過ぎないように注意したくらいだ。
だが彼女は、ひたすら努力を積み重ねていく。
――タシュアに追いつきたい、その一心で。
タシュア自身は、シルファが追いつかなくても、一向に構わないと思っている。人には得て不得手があるし、限界もある。努力せずに出来ないと騒ぐのは論外だが、どうしても出来ないものを責めるつもりは、毛頭なかった。
またそれを理由にシルファを下に見る気もそう扱うつもりも、全くない。きちんと努力している人間は、相応の尊敬を受けるべきというのが、タシュアの考え方だ。
だが彼女は、それでは納得いかないのだろう。必死に努力し、Aクラスを不動のものにし、上級隊にも入った。
(十分、立派なのですがね)
そもそも、シルファが努力しているのを一番そばで見てきたのは、タシュア自身なのだ。
ただ気になるのはやはり、その努力が何を理由にしているのか、ということだった。
目標としてタシュアを置き、追いつこうとしているのならいい。
けれど今のシルファは、そういうふうには見えなかった。独りになるのが怖くて、居場所が欲しいがために、並び立とうとしているように思えてならないのだ。
(そんな必要は、ないのですが……)
ここだけは、何とかしたほうがいいのではないか。この食い違いが先々、何か大きな危険を呼び込むのではないか。
どうしてもその考えが、頭の隅から消えることがない。
※グレイブ:薙刀のようなもの