Episode:85
「たしかに能力があるのは認めますけど、シュマーに加わるとも思えませんし。
孤児が理由なら、学院にはほかにもたくさんいるわけですし」
「そうねー、あなたには言っといたほうがいいわね」
珍しく神妙な口調。いつもこうなら楽なのですけれど。
おばさまが、話し始めて。
「昔の大戦の頃、前線でヴァサーナの正規兵と知り合って、意気投合しちゃってね」
「……ちょっと待ってくださいな。おばさまが雇われてたロデスティオ、ヴァサーナと敵対してたじゃありませんか」
あの当時のヴァサーナ国は、ロデスティオと敵対してたアヴァンを裏から支援してたわけで。ですから直接じゃないとは言え、ロデスティオとは敵味方の関係だったはず。
「なのにどうして、意気投合してるんです」
「それがね、運悪く両軍遭遇して交戦になったのがニエナム国で。でもあそこ、外国排斥でしょ? だから横から全力で攻撃されちゃったのよー」
「両軍とも、不注意すぎますわ……」
おばさまのようなことを、軍団単位でやらなくてもいいでしょうに。
「ともかくそんなわけで、散り散りになって取り残されちゃってね。出会ったのも何かの縁、一緒に国外出ようか、って」
それで納得できてしまう、相手の方もすごいと言うか。
というか、毎度のこととは言え、話が横道へそれ過ぎてますし。
「で、そのことと今回の件、どう関係ありまして?」
「だから、彼女の子」
「あら……」
そこまで素性が分かっていて、なおかつタシュアさんがシエラに居るということは。
「――亡くなられましたのね、その方」
「そゆこと。
向こうが切羽詰ってたときに、うちもほら、ちょうどルーフェが大怪我してゴタついてるときでね。だから知らないまま、何もできなくて」
寂しく笑って、おばさまが視線をそらす。
「タイミングも悪かったし、どうすることもできなかったのは分かってるのよ。
でもほら、どうしても引きずるのよね〜」
つかの間悲しげな表情を見せた後、一転、いたずらっぽい微笑み。
「悪いわね、自己満足につき合わせて」
「あら、おばさまはいつも、自己満足が基準じゃありませんの?」
お互いの視線が合って、思わずどちらも笑い出す。
でもこれで、例の契約がこちらに不利なのも納得。要するにあれは、2人をうちで使うことではなくて――保護が目的。
シエラの本校は、噂じゃけっこう厳しいのだそう。それに学院からの派遣要請は、生徒はまず断れないとも。もちろんそんな任務で、中には命を落とす生徒も居る。
けれどこの契約があれば、それを盾に断ることが可能。学院がこちらへ確認を取っても、おばさまが口裏を合わす気満々だから、ばれないでしょうし。
いまさら引き取るわけにもいかない友人の子を、彼女と2人まとめて間接的に庇護を与えた。つまりはそういうこと。
「っていうのが、今までの主な理由だったんだけど」
「あら、他にも理由がありまして?」
この方にいくつもの理由が出る事のほうが、珍しいのに。
「なんて言うのかしら、敵に回したくないっていうのも出てきたかしらね。まったく、どこまで情報掴んでいるのやら……」
「通信網にあるのは、ほぼ全部かと。まぁ、どうにかなりますわ」
ルーフェイアの一件から、出入りしているのはこちらも分かっていて、監視してたりしますし。
「ったく、ローズったらどんな育て方をしたのかしらね」
「おばさまと、意気投合するような方ですのよ? 推して知るべしでは?」
「あー、確かにそうね」
とりあえず確かなことは、さらに厄介ごとが増えた、ということ。
「例の経費、一部はおばさまのところから、出していただきますからね」
「はいはい。
さて、かわいいルーフェの様子でも、見てこようかしらね」
とってつけたようなことを言いながら、おばさまも部屋を出て、扉が音を立てて閉じた。