Episode:83
「ルーフェイアの話ではシルファさん、相当荒れてたようですわ」
まぁ分かりますけどと、サリーアは小さく付け加える。
「そうでしょうね」
ふだんは他人が苦手でおとなしくしているが、本来の彼女は意外に気性が激しい。先ほど、出会い頭にバッグを投げつけてきたのが、それを端的に示している。
根は優しく面倒見がよいから、ついていったルーフェイアが被害を蒙ることはないはずだ。だが他のところでは、ひと悶着くらいはあっただろう。
(まったく、素直に言えばいいものを……)
つい、そんなことを思う。おかしなことを企んだりしなければ、こんな騒ぎになっていない。
「いま、案内の者を呼びますわ」
「それには及びません。場所だけ教えていただければ、自分で行きます」
幼児ではないのだ。このあたり、もてなしと言えばそうだが、度が過ぎるとも思う。
サリーアが部屋の場所を説明し、付け加えた。
「お夕食のときには、お知らせしますわ」
「部屋に運んでください。」
言って部屋を出て行こうとした彼の背に、言葉が飛ぶ。
「タシュアあなたね、もう少しシルファ構わないとダメよ」
本当にお節介だ。
「蔑ろにしたことはありませんよ」
「そうじゃなくて、あなたのほうからシルファの喜ぶようなこと、してやりなさいって言ってるの」
あれやこれやと、学院の教官並みに五月蝿い。当人は親切のつもりなのだろうが、押し売りもいいところだ。
堪えないだろうが、一言言ってやろうかと口を開きかける。が、カレアナのほうが早かった。
「何かは知らないけど、シルファあなたに、相当のことしてくれたんじゃないの? だったら日頃から構うくらい、どうってことないと思うんだけど」
「………」
言われて思い返す。
――あの日の、あの味を。
遠い記憶の彼方というほどではないが、ふだん意識することもなくなった、それ。
ただあれは、決定的な分岐点だった。
「あなたが相手しないから、シルファは怒ってるの。だから放っておいたら、いつまでも怒ってるわよ」
先ほどの言葉でこれ以上何かいう気概は薄れたが、それでもしつこい……と思う。
ただ、カレアナもサリーアも、一応シルファと同じ女性だ。その意味では思考パターンは、さほど隔たりはないだろう。
ならば当たらずとも遠からずなのかもしれない、とそんな風に思った矢先。
「タシュア、シルファのこと強引に捕まえて、キスでもしときなさい。それで収まるから」
背後でサリーアが、笑いをこらえている気配がする。
「別に押し倒してもいいけど、場所だけ考えてね。ほら、ここには小さい子も多いから」
それを完全に無視して、タシュアは自分に充てられた部屋へと向かった。