Episode:08
◇Tasha Side
ケンディクを出て4日後、タシュアは既にロデスティオの首都、ベルデナードのホテルにいた。
(思っていたより、時間がかかりますかね……?)
何人か人と会いたかったのだが、その誰もが連絡はついたものの簡単には時間が取れず、予定が繰り延べになっている。
加えてここへ来てみて、調べたいことも出たため、余計に時間がかかりそうだった。
タシュアはこの街へ、遊びに来たわけではない。
ベルデナードにはカリクトゥス商会という名の、武器商としては老舗の店がある。そしてシルファのフルネームは、シルファ=カリクトゥス。
とうぜん関係がある。なにしろこの店はもともと、シルファの両親のものだったのだ。
だが両親は彼女が産まれてすぐに事故死し――店は伯母夫婦の手に渡って、それきりだった。
その上シルファは前当主の娘ということで冷遇され、親戚中をたらい回しにされた挙句、行き場をなくして学院へと来たのだ。
この話を彼女から聞いたのは5年前。それからずっと、彼は機会があればそれをシルファの手に返そうと調べ続けていた。
なにしろ彼女自身の口から「両親は殺されたらしい」との言葉を聞いているし、そうでなくてもこの店は本来シルファのものだ。それを横取りしてのうのうとしているなど、タシュアは許す気はない。
そしてようやく――手がかりを得た。
だが自分がこうしていることをシルファに告げるつもりは、ない。
(その時になれば、分かることですしね)
何よりあのシルファのことだ。告げれば「いらない、かまわない」と言い張るだろう。それだけこの件については、シルファは傷ついている。それなら黙っておいて、取り返せるその時に告げるのがいちばんだ。
それからふと、タシュアは思い出した。
(――連絡しておきますか)
出かけると言った時、シルファはずいぶんうろたえていた。恐らくひとりになるのが嫌だったのだろう。
本来なら誰か大人に護られる時期に、シルファは冷遇された。落ちつく間もなく親戚中を次々に預けかえられ、追い出されまいとびくびくしながら過ごしたのだ。
それは……今も独りを極端に嫌うという形で、やはり傷になっている。
時計を見ると、ケンディクはちょうど午前中だった。それにこの時間なら、誤って起こしてしまうこともないだろう。
備え付けの通話機――通話石を扱いやすくしたもの――を取って、フロントへ繋ぐ。
遠距離で幾つも通話網をまたぐため、手間取ったのだろう。意外に待たされたあと、ようやくシルファ当人が出た。
「タシュア……?」
不安げな声が聞こえる。やはりひとりは嫌だったらしい。
これでなにも言わずに帰るのを遅らせては、余計に不安がらせるところだったろう。
「大丈夫ですよ。
それよりシルファ、予定が少々延びました。戻るのは――そうですね、あと2週間ほどかかると思います」
「え、そんなに……?!」
また通話機の向こうで、シルファがうろたえる。
「――なにかあったのですか?」
「い、いや、なにもないんだが……」
口ではそう言っているが、やはりかなりこたえているようだ。
「それならいいのですが。
なるべく早く片付けて、戻るつもりですが――なんならシルファも、旅行にでも行ってきてはどうです? 1週間もあれば、かなりゆっくりできるでしょうから」
「――!!」
言った瞬間けたたましい音を立てて通話が切れ、タシュアは顔をしかめた。
「まったく。シルファも切り方くらい知っているでしょうに……」
それから思いなおす。わざとそんなことをする、シルファではない。恐らくうっかり操作を間違えたのだろう。
(案外そそっかしいですね)
と、ドアがノックされた。
「どなたです?」
「カリクトゥス家の執事を務めている、ハーケン=ビュクゼと申します。どうやら時間が取れましたので、取り急ぎこちらまで伺ったのですが……」
こちらへ来てから連絡を取った人物のひとりで、誰よりも会って話をしたかった相手だ。
「こちらこそ、お忙しいところをありがとうございます。今開けますので」
だがいちおう覗き窓から外を見、執事ひとりなのを確認する。
ドアを開けると、辺りに気を配るようにしながら執事は部屋に入ってきた。
その背後をもういちど確認して――万が一尾けられているということもある――から、タシュアはドアを閉める。
「押しかけまして申し訳ありません。
シルファお嬢様のことで、お話があるとのことでしたが」
「ええ。ですがまず、おかけください」
言ってタシュアも椅子に腰掛け、2人の話が始まった。