Episode:73
「すみません、あたし……」
「気にするな、食べよう」
傾きかけた陽と、美味しいお菓子と、整った部屋。ここだけ時間が止まったようだ。
そして、思う。このままここに居ようかと。
もちろん、実際には出来るわけもない。ただそう思ってしまうほど、ひどく疲れていた。
甘さを控えた、さくさくとした食感の焼き菓子。なのに、ひどく味気ない。
一緒に食べているルーフェイアが心配そうな表情で、そんなふうに思わせてしまう自分が、さらに情けなかった。
「その……まだ、飲むか?」
言いながら立ち上がって、答えも聞かずにお茶を継ぎ足す。
「ありがとう、ございます」
それだけで、会話はまた途切れた。時折この子が何か言いたそうにするが、上手く言えないのか、すぐ下を向いてしまう。
どうにかしないとと自分でも思うが、私もため息をついてあらぬ方を見るだけだった。
と、ドアがノックされる。
「入るわよー」
答えるより早く、先ほどの「おばさま」が入ってきた。
「母さん! もう、どうしていつもいきなり」
「あら、自分の家だもの、別にいいじゃない」
その場で言い合いが始まる。
「けど、今ここ、先輩の部屋!」
「あらそうだったの? じゃぁ次から気をつけるわ」
やり取りから察するに、親子喧嘩らしいが……。
そこまでぼんやり思ってから、驚く。
「る、ルーフェイアの、お母さん?!」
「そうよ〜」
あっけらかんと言われて、思考停止する。
確かに似ている。同じような金髪だし、瞳の色もそうだ。年の差もまぁそうだろう。
だが……。
「ルーフェイア、ホントにそうなのか?」
「はい……」
小さくなって答えるこの子に、思わず同情した。これは確かに、「いい母親」とは少し違う。
「母さん、それで何の用?」
「えーっと、何だったかしらね」
ルーフェイアがため息をついた。
「ならもう、いいでしょ……」
「良くないわよ。あぁそうそう、思い出した。サリーアが探してたわよ」
言動に脈絡がなくて、ついていくだけでも大変だ。これでは周りは、振り回されっぱなしだろう。
「姉さんが? 何だろう……」
「何でもいいじゃない、早く行ってあげなさいな。あの子、忙しい子だしね」
分かったというようにうなずいて、ルーフェイアが立ち上がった。
それから心配そうに、私を見る。
「行ってくるといい。待たせたら、悪いだろう?」
「すみません、すぐ戻ります。
――母さん、先輩、困らせないで」
釘を刺してから、ルーフェイアが部屋を出て行った。