Episode:71
「……それで、先方はなんと?」
何かを耳打ちされた瞬間、彼女の纏う雰囲気ががらりと変わる。
「それが条件が変わったとの理由で、契約の修正を求めておりまして……」
「そう。
――たしかあの社はユズベクで、魔力石の原石をを採掘していたわね。標準のレートより、ずいぶん安いと有名ではなかった?」
その辺の野菜の値段でも訊くような、そんな口調。
「はい、仰るとおりでございます。」
すっとサリーアの瞳が、細められた。
「ルートは洗ってあるのでしょう? すぐにまとめて出してくださいね。交渉には私が出ます。
そうそう、ロデスティオどなたかと、話せないかしら? 交渉のあとでいいわ」
「かしこまりました」
人を見かけで判断してはいけないというが、ここまで外見を裏切る人も珍しい。足の悪い、気の毒な深窓の令嬢と思っていたら、じつは雌豹だったというやつだ。
去っていく男性を見送ってから、ルーフェイアの従姉は、私たちのほうに向き直った。
「ごめんなさいね、なんだか落ち着かなくて」
さっきとはうってかわって、穏やかに微笑んで言いながら、ルーフェイアの頭をまたなでる。
「すぐ……出るの?」
「いいえ。交渉するにしても、明日以降の話ですもの。それに、資料が揃わなくてはね」
不安そうなルーフェイアに、優しく答える。先ほどの迫力が嘘のようだ。
「でも事前に少し、見ておかないとダメね。夕食まで、資料に目を通してくるわ。
シルファさん、ごめんなさい。また後ほど」
言って行きかけたサリーアが、ふと止まって振り向いた。
「そうそう、忘れてたわ。ルーフェイア、おばさまがそろそろ、ここへ着いてよ」
「え……」
文字通りルーフェイアが石化した。理由は良く分からないが、その人に会いたくないらしい。
「面白いものを、持っていくとおっしゃってたわよ。
――あら」
サリーアが途中で言葉を切った。なんだかずいぶん、楽しそうな表情だ。
「噂をすればなんとやら、ですわね」
「え?」
後ろを指し示されて、振り返る。
「あらぁ、みんな勢揃い? ちょうど良かったわ」
豪奢な金髪に、海の碧の瞳。ルーフェイアやサリーアによく似たこの女性が、話に出てきた「おばさま」だろう。
だがそれよりも、私は隣に目が行く。
白にも見える銀髪に、紅い瞳。
――タシュアだった。
いつもと変わらない様子で、私に訊いてくる。
「旅行はどうでした? それにしても、妙なところへ迷い込んだものですね。シエラの上級生がほいほい人の後についていくのは、どうかと思いますが」
この言葉を聞いて思った。タシュアは……何も分かっていない。私が言われたとおり旅行へ行って、それなりに楽しんだと思っている。