Episode:68
◇Sylpha
ルーフェイアに連れられて来た島で、もう数日が過ぎた。
どうかと訊かれたら、「快適」と答えると思う。
宿泊場所として提供された屋敷の一室は、ホテルの極上の部屋よりまだ上等だ。食事もそれに見合ったものだし、ビーチは占有に近い。
他の人が、居ないわけではない。ルーフェイアが来る前に言っていたとおり、泊まりに来ている人をビーチで見かける。ただ私たちの居るのとは、別の建物を使っているとのことで、あまり顔をあわせることはなかった。
ルーフェイアは、いま居なかった。「家がこの島を所有している」というだけあって、ここではいちおう主人になるらしい。そのせいか、時々ここの従業員(?)らしき人から相談を受け、何かをしに行く。
ただ私の見るかぎり、ルーフェイアはここの従業員に、かなり好かれているようだ。大人しいうえに優しい子だから、皆に愛されている。
そんな子がシエラに居なければいけない理由を思って、少し辛くなった。もしあれほどの戦闘力がなければ……こういうところで愛され、何一つ不自由の無い生活をしているだろう。
だが一方で思う。それは本当に、幸せなのだろうかと。
もちろんルーフェイアやタシュアのような育ち方が、いいとは思わない。だが何も知らず何の不自由もないというのも、幸せとは少し違う気がした。
空を見ると、陽が少し傾いている。
のんびり出来るのはいいが、独りがやっぱり嫌で、私は屋敷へ戻った。
「お帰りなさいませ。グレイス様なら、裏庭のほうに行かれましたよ」
私の姿を見つけて、若い女の人が話しかけてくる。
ここは以前行ったアヴァンの公爵家と違って、働いている人たちが気さくだった。慇懃なところもないし、私を見ると気安く声をかけてくれる。
だがせっかく教えてもらったのに、「裏庭」と言うのがどこか分からなかった。「裏庭」と言うからには、この建物の裏手なのだろうが……。
けれど私が言うより早く、向こうのほうから言ってくる。
「あ……申し訳ありません、『裏庭』だけじゃ分かりませんよね」
不思議な事にここでは、問うより先に答えが返ってくることが多かった。それだけ、訓練されている人たちなのかもしれない。
「そちらに、この屋敷を回り込んでる、道がありますよね?」
言って彼女が、私の左手を指し示す。
「ここを道なりに行くと、庭というか広場があるんです。グレイス様は、そこにいらっしゃいますよ」
「ありがとうございます。でもその前に、身体を流したいので……」
海から上がってきたばかりで、着替えないことには始まらない。
「あ、すみません、気がつかなくて。すぐに準備しますから、いつもの離れへどうぞ」
「こちらこそすみません」
預けておいた着替えを受け取り、屋敷の脇にあるシャワー室――お茶まで飲める――で身体を洗う。それから着替えて髪を乾かして、気づけばだいぶ時間が過ぎていた。
さすがにもう、裏庭にはルーフェイアは居ないだろう。そう思いながら、なんとなく行ってみる。
「あ、先輩!」
意外にも何人もの子といっしょに、金髪の姿がそこにはあった。
その子たちを見て、足が止まる。
「先輩?」
不思議そうに問いかけてきたルーフェイアに、私は笑顔を作って答えた。
「ずっと、ここに居たのか?」
「はい」
自然な表情のルーフェイア。構えてしまう自分が、ひどく情けなくなる。
ルーフェイアの周りに居るのは……どう見ても、何か障害を持つ子ばかりだった。それも、知的なものだ。