Episode:67
「さっさと解放するのが筋で、ここで相談される類のものでは、ないはずですがね」
「あぁ、いまのとこ、丁重にもてなしてるわよ。迷い込んだとはいえ、無碍にはできないしね」
どうやら推測通り、シルファの身は安全と見ていいようだ。
――言っていることが本当なら、だが。
ただこのカレアナ、意外に嘘を言わない人物でもある。それは前回連れ出されひどい目に遭った際、気づいたことだった。
「けど返すとなると、今のままじゃいろいろねぇ。このままうちでずっと預かるのが、いちばんの気がするし」
「犯罪者の理屈ですね」
いくらもてなしているにしても、本人の同意なく身柄を確保している時点で、正当とは言わないだろう。
「事実を言ってるだけよ。
とりあえずタシュア、シルファのとこまで来てちょうだいね。じゃないと返せないし」
「『事実』がどの部分にかかることやら……それにシルファを返すことと、私が行くことに、関係があるとは思えませんが」
赤ん坊ではあるまいし、外へ出れば自力で帰れるはずだ。
「関係なかったら、こんなとこまで来やしないわよ。遠いんだから」
「それほど遠いのでしたら、わざわざ足を運んでいただかなくても結構です。歓迎していませんので」
言うと、彼女は肩をすくめた。
「仕方ないわよ、サインが要るんだもの」
やはりカレアナは、何か契約をしに来たらしい。そうでなければ、直筆のサインなど要らないだろう。
(まぁ、通常の派遣契約ではないでしょうね)
一定期間の契約はよく行われるが、来ているのはシュマーの人間だ。そんなものが必要なわけがない。シエラの傭兵隊で出来ることは、すべて自前で賄えるはずだ。
(だとすると……あれですか)
ひとつ、思い当たる。
どういう気まぐれかカレアナは、財力にモノを言わせてタシュアが卒業するまでの期間を、「丸ごと買い取る」契約を学院と交わしている。
教官の嫌味らしきものから察するに、生徒を指定しての、しかも卒業まで丸ごとというのは前代未聞だったらしい。だが金額で折り合いがつき支払いも済んだため、タシュアの意思とは関係なく成立してしまった。
本音を言うと、即座に破棄したいところだ。
しかし学院の傭兵隊に入った以上、派遣に関しては従うしかない。拒否するには年齢によるが、傭兵隊を辞めるか学院を辞めるかだった。
そしてその手段は、まだタシュアは使いたくなかった。ここに居て傭兵隊の仕事をしていれば、衣食住が保障されるうえ、給料等も手に入るのだ。
そんな理由で甘んじて受けているわけだが……カレアナがここへ来たということは、似たような契約をまたしようとしているのだろう。
(狙いはシルファでしょうね)
最初ルーフェイアかとも思ったが、彼女の場合母親のカレアナから、学院へ莫大な寄付がされている。ならばそんな契約自体、必要ないだろう。
イマドの可能性も考えたが、彼はまだ傭兵隊に入る年齢ではない。それを今から買い取るというのは、さすがに考え難がった。
となれば自分が買い取られている点から見ても、シルファが濃厚だろう。今現在、カレアナの手の内にシルファがあることも、その推測を補強する。
タシュアの考えを知ってか知らずか、カレアナが妖艶に微笑んだ。
「ともかく来てもらうわね。ちゃんと契約に則った形で、あなたの身柄は借りたから」
やはりそう来るか、と思う。最初からこのシュマーの総領は、自分を連れて行く気だったのだ。
先ほどのやり取りは、気まぐれから出た茶番だろう。この女性はそういう性格だ。
「午後一番の連絡船で出るわ。期間はそうね……最低数日は見ておいて」
カレアナが、雇い主としてタシュアに言った。