Episode:62
◇Tasha side
最初に目に入ったのは、変わりばえのしない天井だった。
起きだして、着替える。
壁面の棚を埋め尽くす本と、机と、その上の魔視鏡二台。寝室というよりは、仕事場か書斎の隅で寝ている、と言ったほうがいいだろう。
ロデスティオから戻ってきて、すでに数日。残った休みをタシュアは、手に入れた資料や情報を読み漁り分析するのに、費やしていた。
わざわざ行った甲斐はあった、そう思う。
予定を延ばしてなお時間が足りないくらいだったが、それでも当時の貴重な話を直接聞くことができたし、狙っていた「物」や書類も手に入った。これらを手がかりに、うまくやれば事態を変えられるだろう。
そもそもが、後ろ暗いところのある相手だ。突付けば必ず何か出る。あとはこちらが、どれだけ追い込めるかだった。
(と言っても、すぐにはムリですか)
焦るつもりはないが、かといって、あまりのんびりもしていられない。物事というのは時間と共に風化することを考えると、既に10年以上が過ぎている現在、時間的にぎりぎりと言っていい。
だが調べたり分析しなくてはいけない事が多いし、場合によっては他人の手も借りなくてはならない。とても今日明日というわけにはいかなかった。
顔を洗って、飲み物を淹れる。
この部屋に、とりたてて思いいれがあるわけではない。とはいえ慣れた場所は、旅先と違いやはり気が楽だった。
いつもどおりに用意していつものように飲みながら、ふと思い出す。
(シルファは、今頃どこにいるのやら)
学院を出る前に話したきり、ずっと会っていない。
旅先からも何度か連絡したが、話ができたのは最初の1回だけだ。2回目以降は、「旅行に出ている」というのが、学院側の答えだった。
帰ってきてからも姿を見かけないとなると、長期の旅行なのだろう。どこへ行ったかは知らないが、楽しんでいれば、と思う。
そう考えるうち、ふと思い至る。
(1人で旅行に、出たのですかね……?)
自分が勧めたのもあって、今まで疑問にも思わなかったが、シルファは1人が苦手だ。そんな彼女が、自分だけで行くだろうか?
だが誰かを誘ったというのも、にわかには信じがたい。なにしろシルファは人が苦手だ。
(――ですがどちらにしても、いいことですか)
1人で行く気になったのなら、昔のトラウマが少しは薄れた事になる。逆に誰かと行ったなら、そういう相手が増えたという事だ。
どちらだったにせよ、悪いことではない。
そこまで考えているうちに、カップが空になった。
眺めながらまた考える。このまま資料の整理にかかってもいいのだが……お腹が空いた。
何か食べようにも、帰ったばかりのため魔冷庫は空で、食堂を利用しようと部屋を出る。
学院は夏休みでも、変わらず賑やかだった。暑いのも相変わらずだが、真昼に比べればずっといいだろう。
今日のメニューはなんだろうなどと、他愛ないことを考えながら、食堂の前まで来た時だった。
「あ、タシュア、いいところに」
珍しい事に、呼び止められる。シルファと同じクラスのディオンヌだった。