Episode:61
「そうだな……もう少し、足を伸ばしてもいいな。ここから近いんだろう?」
「はい! えっと、この町から見えます」
自分の声が、弾むのが分かった。
「見えるって……そんなに近いのか」
なんだか先輩が呆れたふうだけど、気にならない。もう少しいっしょに旅行(?)なんて、夢みたいだ。
「あの、そしたらあたし、連絡してきます!」
つい勢いよく立ち上がって、椅子が倒れる。
先輩が笑った。
「いくらなんでも、急ぎすぎだろう。せめてケーキを、食べてからにしたらどうだ?」
「あ……けど、早めに……」
どっちを先にしたらいいのか、分からなくなる。
先輩がまた笑った。
「すぐ、連絡できるのか?」
「あ、はい、この先の……えっと、系列の店で」
ほんとは違うけど、まさか先輩をシュマーの隠れ家に連れて行くわけにはいかない。
「そうか。じゃぁ食べたら、そこへ行こう」
「はい」
残りを食べて、先輩にお金を払ってもらって、店を出る。
「店と言ってたが、どこかのホテルなのか?」
「はい、その、ホテルで。えっと、この先です」
きっとびっくりするだろうな、と思う。そんな業務は、管轄外なのだから。
でも先輩が一緒なのと、行き先とを知れば、支配人さん辺りなら分かってくれるだろう。
この町は別邸へ行く関係で、何度か来てる。だから系列のホテルの場所くらいは、覚えていた。
先輩の先に立って歩いて、そのホテルへ入る。
「おぉ、グレイス様! こんなところへお立ち寄りいただくとは、光栄の極み!」
「えっと、あの……あんまり、言わないで……」
入った途端に支配人と鉢合わせして、大声で歓待?された。
「あぁ、これは私としたことが! ところで、何の御用ですかな?」
用件を訊いてくれたのはありがたいけど、声が大きいのはちっとも直ってない。
「えっと、その、別邸に行く用事が出来て……連絡、取ってもらえる?」
支配人が、一瞬怪訝そうな表情になる。けど後ろの先輩を見て、すぐ意味を悟ってくれたらしい。
「すぐ、行かれるのですか?」
「ううん、明日の……えっと、午後くらい?」
予定が分からなくて先輩を見ると、そうだと言うようにうなずいた。
「かしこまりました、少々お待ちいただけますか? その間、どうぞこちらで」
指し示された近くのソファーに、座り込んで待つ。
支配人は、すぐ戻ってきた。
「明日の昼前から、桟橋のほうに船を待機させておくそうですよ。お好きな時間にどうぞ、とのことです」
「わかった。ありがと」
ほっとしながら立ち上がる。
「すごいな……そんなにすぐ、使えるのか」
「使えるというか、がら空きなので……」
屋敷は迎賓館も兼ねてるから、部屋数が多いし、いつでもすぐ使えるようにされてる。ただ食材だけはその都度調達だから、明日はきっと、野菜やなんかと一緒に海を渡ることになるだろう。
それを謝ると、先輩が笑い出した。
「構わないぞ、そのくらい。むしろ、積み下ろしを手伝わないと」
なんだか先輩、さっきまでより楽しそうで、嬉しくなる。やっぱり、帰りたくなかったのかもしれない。
「そうだ、帰りの船をキャンセルしてこないと」
「あ、あたしも行きます」
支配人にお礼を言ったあと、日が傾き始めた町並みの中へ、あたしたちは出て行った。