Episode:60
「ここで、いいか?」
「はい」
ドアを開けて、お店へ入る。
強引にあたしを連れてきてしまったせいか、シルファ先輩はとても気を遣ってくれる。正直母さんより、いっしょに居て落ち着くくらいだ。
でもそれだけに、申し訳なかった。
あともうひとつ、あまり先輩が楽しそうじゃないのも、引っかかってた。ぜんぜん楽しくないわけじゃないけど、ちょっと物足りない。そんなふうに見える。
きっとこの旅行……シルファ先輩のことだから、タシュア先輩と来るつもりだったんだろう。どうしてそれがダメになったかは分からないけど、たぶんあたしはその代わりだ。
――ちゃんと代わりに、なってるんだろうか?
気を遣わせた上、代わりにもなってなかったら、どんなに謝っても謝り足りないと思う。
じつを言うと気になって気になって、こっそり実家の姉さん――母さんには怖くて言えない――にも相談したけど、「放っておいて大丈夫」っていう答えだった。
ただ「どうしても気になるなら、近くの別邸へ連れてきても」とも言ってたから、まるっきりなんでもない話、って言うのとも違うらしい。
「これなんか、美味しそうじゃないか?」
「ですね」
先輩が指差したケーキは、白いクリーム(?)の上に、色とりどりのゼリーや果物が乗っていて、宝石みたいだ。
頼んで席に着く。
先輩はまた、心ここに在らずという感じだった。窓の外、どこか遠くを見てる。
「……先輩?」
「――え? あ、すまない、何か言ったか?」
あたしが何も言ってないのにこう答えるほど、上の空だ。
「えっと、何もまだ……あの、でも、次はどこ……行くんですか?」
ずっと気になっていたことをやっと訊く。
「次? あぁ、そうだな……本当はもう、明日帰らなきゃいけないんだが」
ちょっとおかしな言い方だ。帰りたくないようにも聞こえる。
あたしは少し考えた。
休みは、まだある。最悪でも前日に帰れば、どうにかなるはずだ。
もしかしたらもう少し、先輩と居られるかもしれない。そう思って訊いてみる。
「あの、先輩、そしたら……うちの別邸に、来ませんか?」
「別邸?」
不思議そうな先輩に、あたしは説明した。
「ここからすぐの島が、買い上げてあって……別邸が、あるんです。
他の人もいますけど、泊まるだけならタダですし……」
先輩ともう少し旅行がしたくて、いろいろ付け加えてみる。
「だが、悪いだろう?」
「いえ、ぜんぜん!」
思わず言葉が強くなった。
「その、別邸って言っても、たくさん建物があって……けっこう誰でも、泊まれるんです。
家族で来て、長期で泊まるうちも、ありますし」
要するにシュマーの持ち物なのだけど、さすがにそれは言えないから、ちょっと説明がちぐはぐだ。
「……? 会社の、保養施設か何かなのか?」
「あ、はい、そういうのです!」
このくらいの勘違いなら、たぶんへいきだろう。
考え込む先輩を、祈るような気持ちで見る。ここで帰るのは仕方ないけど……できればもうすこし、泊まっていたい。