Episode:06
◇Sylpha
出先から戻ってきた私は、手にしたものをひとつひとつ確認していた。
ケンディクからアヴァンまでの船の切符、アヴァンからワサールまでの列車の切符……それに途中途中のホテルの予約。
どれも間違いない。
タシュアに気が付かれないように私は、こっそり旅行の計画を立てていた。
以前と違い、去年からは上級傭兵になって、それなりの給料をもらっている。それを毎月、これのためにほとんど貯めこんでいたのだ。
そしてやっと、旅行に行けるくらい貯まった。
――明日言ったら、どんな顔をするだろう?
出発はにはまだ間があるが、やはり出かけるとなれば準備が要る。
タシュアはいつも大した荷物を持って出ないけれど、それでもなにか買うものが出るかもしれない。そう考えると、まさか当日に言うわけにもいかなかった。
自分でも久しぶりに、心が弾んでいるのがわかる。
実を言えばこういう旅行は――初めてだ。
産まれてすぐ両親が亡くなり、そのあと親戚を次々とたらい回しにされて育った私は、とてもそんな環境にはなかった。
その後も開校と同時にこの学院へ入学して、あとは寮生活だ。夏のキャンプ程度ならともかく、個人的な旅行はしたことがない。
だから、計画するだけでもとても楽しかった。
好きなところへ、自由に行ける。
――それも、タシュアと。
行きたいところはたくさんあった。歴史の古いアヴァン、有名なムルデ大峡谷、豊かなサルトゥス大森林、神秘と言われるノネ湖、ワサール南部のリュヌ海岸……。
服も水着もバッグも新調して、あとは詰めるばかりだ。
「……♪」
うきうきしながらベッドに腰掛けて、何度も手にしたガイドブックをまた開いた。
どのページにもお勧めの場所やお店がびっしりと書きこまれている。
食事はその時の気分で変わるだろうから、幾つものレストランを暗記していた。あとはだから、当日のタシュア次第だ。
彼は好き嫌いはないが、案外食べる物にはうるさい。それしかなければともかく、状況が許すならそれなりのもののほうを喜ぶのだ。
――どこに、なるんだろうな?
それを想像するのも楽しかった。どこかカフェのようなところもいいだろうし、ちゃんとしたレストランもいいだろうし……。
しばらくガイドブックを眺めてから、顔を上げて時計を見る。
もう、いいだろう。
時計の針は、夕食には遅めの時間を差していた。これなら間違いなく、タシュアはひとりで済ませてしまっているはずだ。
普段はともかく、今はなるべくタシュアを顔を合わせたくなかった。せっかく驚かせようと思って、それもおおむね成功しているのに、こんなところで気付かれてしまったらつまらない。
ルーフェイアが持ってきたという本に夢中で少々勘が鈍っているようだが、それでも用心にこしたことはなかった。
ともかく明日まで気付かれなければいいのだ。だったらいちばんいい方法は、顔を合わせないことだろう。
明日旅行のことを聞いてタシュアがどんな顔をするか、それを想像しながら、私は夕食を食べに食堂へと向かった。