表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/114

Episode:58

「ここへって……診療所の、手伝いですか? でも私は、医務官の授業はほとんど……」

 応急手当などはひととおり学んだが、それだけだ。何より人を相手にするのは、私は苦手だった。

 だがそれを、どう言ったらいいものか。


 黙ってしまった私に、先輩が言う。

「嫌なら、診療所は手伝わなくて構わない。そういうのを一切抜きにして、ここへ来てくれないか?」

 ますます意味が分からない。


「誘っていただけるのは、ありがたいですけど……でも、あんまりそれじゃ、来る意味が……」

 まさかここへ来て、毎日観光するわけにもいかないだろう。

 それから思い当たる。


「もしかして、この村の……警護に、ですか?」

 だとしても何年も先の話で、それまでにどこかと契約するだろうから、私の入る余地があるかどうか。


 とはいえ、そう悪い話ではないだろう。のんびりしたところだし、今日のような騒ぎはそう多くない。医師をしている先輩の口添えがあれば、雇ってもらえそうだ。

 もちろん、それまで先輩がここに居れば、だが。


「それなら、考えてみます。それでもし、雇ってもらえそうなら……」

「そういう話じゃないんだ!」

 とつぜん先輩が語気を荒くして、私は思わず黙った。何か、根本的に食い違っているらしい。


「えぇと……つまり、どういう……」

「だからそういうのは抜きにして、一緒にここで暮らさないか、って言ってるんだ」

「……え?」

 さっき以上に意味が分からなくて、考え込む。住むところを提供してくれるのかとも思ったが、なんとなく違う気がした。


 悩む私に、先輩がさらに言う。

「だから、タシュアと別れたんだろう?」

「……勝手に決めないでもらえますか?」

 自分で自分の声が、冷たくなるのが分かった。


「勝手にも何も、夏休みの旅行にタシュアとじゃなく、後輩と来てるじゃないか。そう言うことなんだろう?」

「いい加減にしてください!」

 気づいたときには、強く言い返していた。


「たしかにタシュアとは来てませんけど、それとこれとは別です!」

 なんで私が、こんな思いをしなければいけないのか。

「あとは、自分でやりますから! 失礼しますっ!」

 鞄を掴んで部屋を飛び出す。後ろで何か先輩が言ってるようだが、聞く気もなかった。


 なんで私が、またそう思う。

 せっかくお金を貯めて予約も取ったのに、タシュアが勝手に出かけたせいで台無しだ。

 しかも、こんなことまで言われるなんて……。

 新しい部屋のドアを、八つ当たり気味に勢いよく開ける。


「……先輩?」

 私の勢いに驚いたのだろう、どこか怯えたような表情の、ルーフェイアが居た。

「あの……?」

 強引に抱き寄せる。


 まるで枕か何かの代わりだが、この子は逃げなかった。満足そうに、身体を寄せてくる。

 こんな私に対する、絶対の信頼。

 やわらかい金髪を撫でているうち、気が静まってきた。伝わってくる子供特有の高い体温が、私の中の何かを溶かしていく。


「――ルーフェイア、何が食べたい?」

 訊くと、この子がきょとんとした表情を見せた。

「えっと、えっと……」

 急に言われて焦っているのだろう、困るようすが相変わらず可愛らしい。

 この子が文句を言わずについてきてくれて良かった、そう思いながら言う。


「今日は、とびっきり美味しいものにしよう」

「はい!」

 ルーフェイアの顔に、嬉しそうな微笑みが広がった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ