Episode:54
「どうした?」
聞き返すと少しの間があって、この子が口を開いた。
「明日、ダメですか? えっと、その、花を……持って」
思わず微笑む。
数日前、私が言ったのと同じ言葉だ。きっと、気を遣ってくれたのだろう。
「いい子だな、ルーフェイアは」
抱き寄せて頭を撫でると、この子が嬉しそうに体重を預けてきた。ほんとうに甘えん坊だ。
そのあとは、どちらもなんとなく黙ったままで、やがて車が止まった。
「お疲れさん、着いたよ……って、なんだか人が多いな」
運転手の言葉に外を見ると、たしかにホテルの前に、人だかりが出来ている。
「なんか……影写機、持ってませんか?」
「報道がいるな……」
何か嫌な予感がする。
「すみません、裏へ回して――」
だが、言いかけたときには遅かった。
車が取り囲まれ、とっさに顔を隠す。
「あー、地元の新聞だな。竜退治したからだろ。ちょっと待ってな、村長呼ぶから」
私たちが嫌がってるのを見て、運転手の人が連絡してくれた。
すぐになんだか偉そうな人と警察の人とが駆けつけて、取材人を追い払う。
後ろには、先輩の姿もあった。怪我人の治療は、無事済んだらしい。
「やぁ、すみませんでした。話は 先生から聞いてます。なんでも竜を、退治してくださったとか」
にこやかな顔で私たちに声をかけてきた老人が、おそらく村長なのだろう。
車の扉を自ら開けて、私たちに降りるよう促してくる。小さい村のせいか、気さくな人らしかった。
「慰労と祝いを兼ねて、会食の席を用意しました。ぜひご出席下さい」
ルーフェイアと顔を見合わせる。こういう展開は、予想していなかった。
(どう、しましょう……)
私以上に困惑した顔で、この子が訊いてくる。あまり、出たくなさそうだった。
それに私自身も、こういう席は困る。頼まれたから引き受けはしたが、学院が知らない非公式の依頼だ。大っぴらにされるのは、あまり都合が良くなかった。
「その、すみません、申し出はありがたいのですが……私もこの子も、疲れていて」
やんわりと言ってみる。
「そうは言われましても、この村としてはいちばんの問題を、解決してくださったわけで。
ここは是非とも」
押しの強い村長に、どうしたものかと考えあぐねて――後ろのほうにいる先輩と目が合った。
ようすに気づいてくれて、先輩がこちらへ来る。
(どうしたんだい?)
(村長に、会食に誘われて……でも、出るわけには)
先輩もシエラの卒業生だから、これだけで理由が分かったようだ。
「村長、ちょっと」
先輩が近づいて何事かを囁き、聞いていた村長の表情が変わる。
「なるほど、そういうことなら確かに。
お嬢さん方も、申し訳なかった。こちらとしても騒ぎになっては困るし、少々軽率でした」
そう小声で謝ると村長は、こんどは高らかな声で、周りに向かって喋り出した。
「――いやいや、これは私としたことが気が利きませんで。竜を3匹も倒したのでは、さぞお疲れでしょう。お休みになりたいのは当然です。
皆の集、申し訳ないがここは私に免じて、この美しいお嬢さん方抜きでガマンしてもらえないか?」
かなりわざとらしいのだが、誰も反論はしなかった。ここではこういうやり方が、圧力として通用するのだろう。