Episode:53
「こんなところ、あるんですね」
「ああ」
言葉では言い表せない透き通った青が、海と思うほど遠くまで広がり、ところどころに緑の島が点在している。
この絶妙な青は、けして絵の具では出せないだろう。そういう、神秘的な色だった。
「あの島まで、うちの村から船が出てるんだ。日帰りで遊べるよ。あと、湖を半周する遊覧船も出てる」
運転手が説明してくれる。
「島に行くにはちょっと遅いけど、遊覧船なら夕日が見られて、いいんじゃないかな」
「そうなんですか?」
そんなに遅くまで運行しているとは、知らなかった。
「夏の間の、うちの村の目玉だよ。なんなら帰って、予約入れるかい?」
「はい」
夕日の湖上というのは、なかなか出られるものではない。
「じゃぁ、早く帰ろう。遅くなって見られないんじゃ、つまんないからね」
運転手に言われて私たちも歩き出して――視線の先に不思議なものを見つけて、つい足が止まった。
「……石碑?」
草の中に平たい黒い石が、見え隠れしている。
「あぁ、あれかい? いつの間にかここに、置かれたんだよな。名前が刻まれてるから、誰かの墓らしい」
近づいてみると、誰かが供えたのだろう、置かれた花が朽ちていた。
表面に刻まれた文字を、読んでみる。
「ローズ……リュゥローン?!」
それと、馴染みのない名前がもう二つ。
動けなくなった。
タシュアはいつも夏休みになると、すぐに1週間ほど出かける。
彼がどこへ行くのかは、私は知らなかった。以前訊いたことがあるが、「墓参りに」と言うだけで、具体的にどことは言わなかったのだ。
ただ身内を亡くしたというような話は昔聞いたことがあったから、たぶんそれだろうと思っていた。
もちろん、姓が同じだけで関係がない人、という可能性もある。だがリュゥローンという姓は珍しいし、タシュアがシエラの傭兵隊に保護されたのは、たしかこのノネ湖の周辺だ。
そういったことを考え合わせると、おそらく間違いないだろう。
見てはいけないものを、見てしまった気分だった。
「先輩、これ……」
刻まれている名前の意味を、悟ったのだろう。ルーフェイアも何ともいえない表情になる。
「ルーフェイア、ここへ来たこと……タシュアには内緒に、してくれないか?」
「――はい」
偶然知ったからといって、咎めるタシュアではない。それは分かっているが、ここは彼だけの場所にしておきたかった。
「おーい、早くしないと日が暮れるぞー」
もともとは気のいい人らしい運転手が、向こうから大声で呼ぶ。
「すみません、今行きます!」
答えて、この場所を後にした。
乗り込んだ車が動き出す。
だが風にそよぐ草の中の墓石が、脳裏から離れなかった。
「……あの」
「え?」
見ればルーフェイアが、真っ直ぐな視線で私を見上げている。