Episode:52
「……先輩?」
黙ってしまった私を、何か違うふうに取ったのだろう。ルーフェイアが心配そうに訊いてくる。
「だいじょうぶ、ですか?」
「あぁ。ちょっと考え事をしていただけだ。
――もうすることもなさそうだし、戻るか?」
なんとなく頭を撫でてやると、少女の顔がほころんだ。
嬉しそうな笑顔が、痛々しい。
「行こう」
「はい」
ルーフェイアと二人、乗せてきてもらった車で、ホテルへ戻る。運転している人の視線が、恐ろしいものでも見るようだった。
仕方ないと思う反面、やめてほしいと思う。それでも私はまだ、覚悟の上だから構わないが……ルーフェイアが可哀想だ。
まだまだこの子は子供なのだ。もっと気を使ってほしい。
かといって口にすれば、ルーフェイアがよけいに傷つくだろう。そう思うと何も言えず、この子を抱き寄せるだけだった。
腕の中で身を硬くしている後輩の頭を、何度も撫でる。このままでは、また泣き出してしまいそうだ。
「――あの」
泣かせたくない一心で、勇気を出して運転している人に声をかける。
「え? なんだい?」
人と話すのが苦手な私は、そこで詰まってしまって……それでも必死に言葉を探した。
「えぇと……あ、この辺で、景色のいい場所……ありますか?」
言っていることが、唐突過ぎて意味不明だ。だが幸い、相手もルーフェイアの様子に気づいて、こちらの話に乗ってきてくれた。
「そうだなぁ、ここら辺でいい場所――あ、そうだ。風の丘があるな」
「風の丘?」
聞きなれない名前だ。
「あぁ、地元でそう呼ばれてるだけの、ちょっとした丘だよ。ただ湖やなんかがぜんぶ見えるから、なかなかの景色でね。
行ってみるかい?」
「はい」
寄ればルーフェイアの気が、少しは晴れるかもしれない。そう思ってうなずく。
運転手の人が、ハンドルを切った。
「すぐ着くよ。そうだ、寄り道するって連絡しておこう」
ルーフェイアにあんな視線を向けたのが、気まずいのだろう。ずいぶん饒舌だ。
それからほどなく上り坂に変わり、やがて車は止まった。
辺りは丘というよりは、山の中腹という感じだ。湖の南に広がる山脈の谷間へ、ここからの道が伸びている。おそらく山向こうの海まで、使われているルートなのだろう。
降りてみる。
「すごいな……」
思わずそんな言葉が口を突いた。
意外に高さがある丘からの眺望は、ホテルの窓から見た景色など、足元にも及ばない。
「うしろの山脈を越えてくると、最初に湖が見えるのが、ここなんだ。急に開けて風がよく通るから、いつの間にか『風の丘』って言われるようになったらしい。
まぁ今じゃ不便だから、誰も使わないけどね」
見ればルーフェイアも、景色に見入っていた。