Episode:44
◇Sylpha
カーテンを開けると、遥かに広がる湖が目に飛び込んでくる。向こう岸は、霞んで見えない。海とはまた違う、穏やかな色だった。
東西に大きく広がる、世界最大級の湖・ノネ湖。大きさでもさることながら、水がきれいなことで有名だ。
部屋の中ではルーフェイアが、簡単な朝食をのんびりと、おいしそうに食べていた。
――味が分かっているんだろうか?
いっしょに居て分かったが、ルーフェイアは繊細な見掛けに反して、あまり味を気にしない。割となんでも、おいしそうに食べるのだ。
どうやら「食べられる=おいしい」という基準らしい。ほかにも、寝られればいい、着られればいいという感じで、女の子らしいことへの関心が薄かった。
いままで作ってやったケーキも、じつは味が分かってないのだとしたら、私としてはちょっと複雑だ。
まぁにこにこしていたから、嬉しかったのはたしかなのだろうが……。
「今日はどうする?」
「えっと……」
いちおう訊いてみたものの、思ったとおりルーフェイアからは、困惑だけが返ってきた。自分から何か決めるのは、とことん苦手らしい。
「なら、湖に行こう。遊覧船が出てるらしい」
「あ、はい!」
こんな事で喜んでしまうあたり、本当に小さい子のようだ。
そのとき、通話機が鳴った。取って話を聞いてみると、管理棟の受付からで、客が来ているという。
「泊まりにきて、お客……ですか?」
「あり得ないな……」
だが訊いてみると、たしかに私たちの名前を言って、尋ねてきたらしい。
「その、相手の方の……お名前は?」
「この村の、クーノ=ブランザ様です」
名前を聞いてあっと思う。去年卒業した、シエラの先輩だ。
もっと年上の、私を可愛がってくれた先輩と仲がよかったせいで、面識がある。どこか地方へ就職したとは聞いたが、まさかここだとは思わなかった。
「分かりました。えっと、そちらへ行きます」
部屋に招くのはさすがに怖い気がして、自分が行くことにする。
「あの、先輩?」
事の成り行きが分からなかったのだろう、ルーフェイアが不思議そうな顔で尋ねてきた。
「この間卒業した知ってる先輩が、この辺に就職してたらしくて、会いにきたんだ。
管理棟まで行ってくるが……来るか?」
この辺は何かの規制だとかで高層のホテルがなく、どこも離れを幾つも持った造りだ。だからロビーへ降りる代わりに、管理棟まで歩かないといけなかった。
「えっと、あの、行きます」
慌ててルーフェイアが、朝食を口に詰め込む。
「……喉に詰まるぞ?」
それにさえ答えず、この子が朝食を食べ終えて立ち上がった。
「じゃぁ、行こう」
鍵をかけて部屋を出る。
「でもどうして、先輩がここにいるって……分かったんでしょう?」
管理棟への道すがら、ルーフェイアがそんなことを言い出した。