Episode:42
◇Rufeir
森の中は、どこまでも静かだった。
見上げても、空はほとんど見えない。厚い緑の隙間から、ちらちらと覗くだけだ。
整備された遊歩道を歩く、走竜の足音だけが響く。
昨日の大峡谷と違って急斜面はないけど、大森林というくらいだから、徒歩じゃ回りきれない。かといって人造の乗り物だと、森を傷めてしまう。
そんな理由で、ここも走竜が使われていた。
あれほど逃げ回ったのに、この森のようすを、あたしはほとんど覚えていなかった。遊歩道があることにさえ、気づかなかったくらいだ。
「まぁ歩道があるとこなんて、一部だしな」
広い森だから通りかからなかったんだろうと、イマドは言う。
いまあたしたちは、森の奥を目指してるところだった。
「この座標だと、途中からは道もねぇな」
「ごめん……」
つい謝る。
2年前敵に追われて、兄さんとあたしはこの森の奥深くに逃げ込んだ。だから、道なんてあるわけがない。
ただそれでも、血の跡を辿られて見つかって……。
どうしようもなかったと、わかっている。二人とも死ぬか、片方だけでも生き延びるか。そういう状況だった。
でも、今も納得は出来ない。
もしかしたらほかに、何か方法があったんじゃないか。もっと早い時点で違うルートを取ってたら、助かったんじゃないか。そんな思いが常にある。
「この先ははぐれないように、気をつけたほうがよさそうだな」
「まぁ、ひたすら北へ行きゃ、どうにかなりますけどね」
先輩とイマドが、そんな会話をしている。
行くべき場所は、わかっていた。
あのとき停戦になってから、家のほうから兄さんの捜索隊が出された。彼らはとても頑張ってくれて……でも兄さんは、遺体で見つかった。
その正確な位置が、夕べ峡谷から帰って来て問い合わせたら、わかったのだ。
――思っていたよりずっと、ルアノンの町に近かった。
兄さんと別れてから町まで丸3日かかったから、もっと遠いと思ってたのだけど、日の出とともに出れば、徒歩でも午後には着くだろう。疲れて消耗していたのと、森のなかだったのと、敵の目を逃れながらだったのとで、時間がかかってしまったらしい。
「おい、あれじゃないか?」
言ってイマドが走竜を止めた。
あたしも、緑の間に目を凝らす。
「あの、泉……?」
「ほかにこの辺、泉はここだけって聞いたし。間違いねぇと思う」
実家からの話だと、兄さんはこの森の中、泉に手を入れた格好で見つかったという。火傷が酷かったから……水を求めて、そこまで来て力尽きたんだろう。
涙があふれるのを、止められなかった。
走竜を泉に寄せて下りる。
水の中に手を入れる。
熱くて苦しくて、この冷たさにすがったんだろう。
「兄さん、ごめん……」
自分も死んでしまいたかった。兄さんを死なせて、なのに生きている自分が許せなかった。