Episode:39
「ともかくよかったわ。少しは子供らしく、遊ばなきゃダメよ」
「幼稚園児かよ」
二人のやり取りを、可笑しそうにルーフェイアが聞いている。
「そうしたら、明日の用意しなくちゃね。お弁当作って、飲み物用意して……」
さっきも思ったが、イマドの叔母という人は、ほんとうに他人の話を聞かないようだ。
「マット要るかしら? あ、走竜のことも誰かに言っておかなくちゃ」
「頼むからおばさん、何もしないでくれ……」
いつも振り回されているらしいイマドが、半分諦め顔で、それでも注文を出した。
「あら何を言ってるの? せっかくルーちゃんや先輩も来てるんだもの、こういうときこそ腕によりをかけてやらなくちゃ」
「だから、それをやめてくれってば!」
殆ど悲鳴に近いところを見ると、『任せられない』というのは、本当なのだろう。
「えっと、あの、渓谷を見ながらどこか適当な店で、食べようと思っていたので……」
つい、助けに入る。
「あらそうなの。じゃぁお弁当は要らないわねぇ」
叔母さんが残念そうに言って、申し訳ないがちょっとほっとした。
「予約とかも、俺やっから。ゲルニドさんとこなら、よく知ってっし。
てか叔母さん、下降りなくていいのかよ。まだ診療時間、終わってねぇじゃん」
「あら、そうだったわね」
イマドに言われて、初めて思い出したらしい。この人が慌てて、部屋を出て行った。
「なんだか、すごい人だな……」
「振り回されっぱなしですよ」
そう言うイマドの言葉には、実感がこもっていた。とはいえそれでも休みのたびに、遊びに来ているというのだから、やはりここが好きなのだろう。
「そういえば、何か『予約』と言っていたが……?」
ガイドを読んだかぎりでは、そういう話はなかったはずだ。当日渓谷へ行けば、簡単な手続きだけで、観光が出来ると書いてあった。
「あぁ、渓谷観光の走竜扱ってる人が、叔父さんの知り合いなんですよ。だから連絡入れとくと、何かと便利で」
「なるほど」
小さな町の医師だから、それなりに知られているのだろう。その身内が行くと分かっていれば、ふつうの観光客とは違う扱いになるのは、想像がついた。
「先輩達のぶんも、俺から言っときますよ」
「――すまない」
後輩に世話になる自分が歯がゆいが、断るのもおかしいだろう。
ルーフェイアのほうは、話を聞いているのか心配になるほど、にこにこと嬉しそうだった。この調子だと、明日はずっとご機嫌に違いない。
そんな無邪気さが、微笑ましかった。
明けて翌日。
「晴れて、良かった」
「ですね」
私たちはかなり早めに待ち合わせて、渓谷の入り口まで来ていた。けっこう時間がかかるのと、暑い日中を避けるのとで、渓谷観光は早朝からが一般的だ。
谷へは徒歩か、走竜に乗ることになっている。
「いまどき走竜は、珍しいな」
「坂がけっこう急だから、コイツじゃないとダメなんですよ」
「なるほど……」
たしかに急斜面は、そのほうが安全だ。
イマドの案内で、知り合いだという竜舎へ入る。