Episode:38
「そんなこと言ったって、ルーちゃんが来たのよ? 早く出てらっしゃいってば」
「え?」
こんどはばたばたと音がして、イマドが出てきた。エプロン姿が妙に似合っている。
「シルファ先輩がこいつ、連れてきてくれたんですか?」
「いやその、連れてきたというか……」
どちらかといえば、誘拐ついでに寄っただけだ。
何かを察したのか、イマドは面白そうに笑ったが、追求はしてこなかった。
「先輩、あがってってくださいよ。いまちょうど、メシ作ってましたし。
ルーフェイア、魚じゃねぇけど、ガマンしろよな?」
「あ、うん、平気」
座らされた私たちに、手際よくお茶とお菓子とが出される。
「……ほんとに慣れてるんだな」
「休みのたんびに来て、毎日やってたら、イヤでも上手くなりますって」
ちょっと気の毒になってくる。
「あの女の人は……やらないのか?」
「叔母さんですか? 任せるほうが怖いです」
その答えに、なぜか納得してしまった。
「仕事なら、一流なんですけどねー」
「まぁ、それならいいんじゃないか?」
自分でも釈然としないまま、いちおうフォローしてみる。
ルーフェイアは不満そうだった。イマドが働かされているのが、気に入らないらしい。
この子にしては珍しく、怒ったような調子で言う。
「イマド……へいきなの?」
「テキトーに手抜きしてっから、平気だって。終われば遊んでるしな」
「そうなんだ」
あっさりと丸め込まれて、ルーフェイアがうなずいた。やはりこの辺のあしらい方は、彼は上手い。
「で、なんでここ来たんです? 渓谷でも見に?」
「ああ」
ここへ来て大渓谷を見ないほうが、おかしいだろう。
「んじゃ、俺も行くかな」
イマドの言葉に、ルーフェイアの表情が輝いた。
「ほんとに?」
二人の様子が、見てて可愛らしい。ならばここに居る間、少しでも多くいっしょに居させてやろうと、私からも持ちかける。
「イマド、行けるなら、案内を頼みたいんだが……。叔母さんには、私から話をするから」
「いや、いいですよ、自分で言いますから。
てかふだんから、『ここに居る時くらい遊んでろ』って怒られてるんで、叔父さんたち喜びますって」
要するに、見かねてイマドが勝手にやっているだけらしい。
「あらあら、何のお話?」
いったん診療所のほうへ行っていた女性――要するにイマドの叔母さん――が、戻ってきた。
「これから、どこか出かけるの?」
「今日じゃなくてさ、先輩たち、明日渓谷行くって。俺も行ってくる」
これを聞いた叔母さんの顔が、ほころんだ。
「いいじゃない、是非そうしなさいよ。あなたったらいつも家の中で何かしてばかりで、ちっとも遊びに行かないんだもの」
「しょっちゅう来てんのに、いまさらこの町でどこ見るんだよ……」
親子のような言い合い。けっこう上手く、イマドはやっているようだ。