Episode:36
「えっと、あの、そうじゃなくて……イマドの叔父さん、ここに居て。
だからその……長い休みだと、ここに来てるんです」
「なるほど」
身寄りが居るのにシエラの本校に在学というのは、少数派だが、居ないわけではない。それにイマドはたしか、両親は亡くなっているから、その辺が理由なのだろう。
「だとすると、いまここに居るのか?」
「あ、はい、たぶん……」
ルーフェイアがずいぶんと嬉しそうだったのにも、合点がいく。彼がここに居るのなら、嬉しくないわけがない。
それに引き換え……。
タシュアのことを思い出して、また怒りが湧いたが、どうにか押さえ込んだ。私の個人的なことで、ルーフェイアを怖がらせるわけにはいかない。
「家が分かるなら、会っていくか?」
「え、でも……」
遠慮するこの子の頭を撫でてから、歩き出す。
「荷物だけホテルに預けて、行くだけ行ってみよう」
大渓谷観光の拠点だから賑わってはいるが、そう大きい町ではない。それに今日は移動だけのつもりだったから、このあと予定は入れていなかった。
予約したホテルを見つけて、フロントで確認する。また部屋がなかったらどうしようと思ったが、こんどはすんなり通してもらえた。
「アヴァンでルーフェイアが用意してくれた部屋とは、比べ物にならないんだが……」
なんとなく言いわけめいたことを口にしながら、ドアを開ける。
「あ……♪」
「ん? どうした?」
やけに嬉しそうな声をあげたルーフェイアに、尋ねる。こんなふつうの部屋が、気に入ったのだろうか?
だがこの子の答えは、もっと違うことだった。
「ベッド、ひとつなんですね♪」
「――!!」
しまった、と思う。タシュアと来るつもりだったから、何もかもがそうなっているのだ。
「いや、えっと、これはその、だから……」
言いつくろえない。
「先輩?」
ちょっと首をかしげて、不思議そうに訊くルーフェイアに、やっと答える。
「だからその、イヤなら部屋を、ツインに取り直すからっ!」
「え……」
ルーフェイアが、がっかりした表情になった。
「取り直すんですか……」
寂しそうに言う姿を見て、アヴァンでのことを思い出す。そういえばこの子は、勝手に私のベッドに入りこんで、しがみついて寝ていた。
「えっと……もしかしてこのほうが、いいのか?」
「はい!」
とたんにまた、嬉しそうな顔になる。要するに、ひとつのベッドで私といっしょに寝られると思って、喜んでいただけらしい。
それによく考えてみれば、どこをどうやっても子供のこの子に、「そういうこと」が分かるわけもなかった。
拍子抜けして、ほっと息を吐きながら言う。
「じゃぁ、今夜はいっしょに寝よう」
「……はい♪」
こんなことを大喜びするのは、歳から言ってどうかとも思うが、突っ込む気にはならなかった。むしろこんなことで喜ぶのなら、いくらでもそうしてやろうと思う。
今こそニコニコしているが、ふだんのルーフェイアは、いつもどこか悲しげにしているのだ。