Episode:35
「えぇと……ホテルはここから、少し離れてるんだな」
この駅はどういうわけか、町外れにある。ガイドブックによれば、街中への敷設にかなり反対があったうえ、お金の問題もあってこうなったらしい。
しかも大渓谷は、ちょうど町を挟んで反対側だ。だから繁華街に程近い町の中心部に、宿を取るのがふつうだった。
町の中心部へは、バスが出ている。だがどうやら、出発した直後のようだった。
大都市の列車でも、遅れるのはよくある話だ。ましてや地方都市のバスでは、どれだけ待たされるか分からない。
「仕方ない、歩くか……」
幸いもう涼しくなってきたし、元から歩けない距離ではないから、大丈夫だろう。それに途中で、いい店でも見つかるかもしれない。
「すまない、ルーフェイア。荷物は持つから、歩こう」
「あ、えっと、だいじょうぶです」
答えてこの子が、自分の荷物を肩にかけた。
重そうな様子はない。見掛けは華奢だが、鍛えているだけのことはあった。
駅からは、真っ直ぐ大通りが続いている。ホテルはこの通り沿いだから、迷う事もないだろう。
観光客を当て込んでか、みやげ物や軽食の屋台も、道端に並んでいる。そこから適当なものを買ってやり、並んで歩いた。
そのルーフェイアの足が、ふと止まる。
「どうした?」
「あ、いえ、なんでも……」
言いながらも辺りを見回して、何かを探しているふうだ。
「何か、欲しいのか?」
「……」
言いにくそうに黙ってしまう。
「……ルーフェイア?」
心配になってそっと呼びかけると、この子が小さな声で言った。
「ここで、イマドと……初めて、会ったんです」
なるほど、と思う。ここへ来ると分かってから楽しそうだったのも、このせいだったのだろう。
「そうか。それなら少し、見ていこう」
いっしょに立ち止まって、辺りを見回す。
首都のアヴァンシティに似た、重厚な石造りの町並みは、窓辺がどれも花にあふれていた。
「きれいな町だな」
「はい!」
まるで自分のことのように、ルーフェイアが喜ぶ。
これを見るかぎり、この子が誰に好意を持っているかは一目瞭然だが――当の本人が自分で分かっていないのが、困りものだ。
それ以外にも、他人をまったく疑おうとしなかったり、危なっかしいところがルーフェイアは多い。
まぁそれだけに、つい庇護したくなるのだが……。
「イマドとここで会ったということは、彼はここの出身なのか?」
訊いてみると、ルーフェイアが首を振った。
「なら、旅行か? 珍しいな」
私たちのような上級生ならともかく、ルーフェイアたちの年で縁もゆかりもない土地に行くのは、本校の学院生では極めて珍しい。