Episode:34
◇Sylpha
窓の外を、景色が流れていく。流れ込む涼しい風が、ルーフェイアの金の髪を躍らせていた。
あと少しで、大渓谷で名高いルアノンだ。今朝早くにアヴァンシティを出て、途中で超長距離の列車に乗り換えて、やっとここまで来た。
――悪い事をしたな。
学院を出てから、同じことを何度思っただろう?
なにしろ私のしたことときたら、誘拐も同然だ。幸い同じ学院生だったし、本人が喜んでいるからいいようなものの、ふつうは大騒ぎだろう。
まぁ黙ってついてきてしまうこの子にも、問題はあるだろうが……。
あとでよく、そういったことを教えたほうが、いいかもしれない。そんなことを考えながら、私も窓の外を眺める。
この辺りは大穀倉地帯で、どこまでも畑が広がっていた。その緑と、ルーフェイアの金の髪のコントラストが、まるで絵のようだ。
その横顔を見ながら、分からない子だな、と思う。
アヴァンでの一連を見るかぎり、タシュアの言っていたとおり、「古い家の跡とり娘」なのだろう。
それも単に古い家系というのではなく、それなりに実力のある家らしい。そうでなければ、ホテルで私まで、あんなに丁重に扱ってはもらえないはずだ。
それなのに、シエラの本校に居る。しかも、その戦闘力は群を抜いている。
深窓の令嬢というべき環境が揃っているのに、なぜ実戦に長けているのか、見当もつかなかった。
唯一思い当たるのは、かつて言っていた「得体の知れない力を持っている」というものだが……。
だが途中で、詮索をやめる。本人が言おうとしないものを、他人が傍から言うべきではないだろう。
何より、珍しく楽しそうな横顔を、曇らせたくなかった。
「先輩、もうすぐですよね?」
「そうだな。そろそろ荷物を降ろさないと」
大渓谷に寄ると知ってから、ルーフェイアは前にもまして嬉しそうだった。見てみたかったのかもしれない。
「待て、私がやる。ルーフェイアはまだ、座ってていいぞ」
棚の上の荷物を取ろうとした後輩を、慌てて止める。必死に背伸びして降ろそうとするようすは可愛いが、取り落として下敷きになりそうだった。
「バッグもひとつ、買ったほうがいいな……」
必要最低限しか持ち出さなかったルーフェイアのバッグは、買い足したものではちきれそうだ。
「町へ着いたら、買おう」
「え、でも……」
「いいんだ」
きっぱり言って、それ以上の反論を封じる。ここ数日で良く分かったが、遠慮がちな性格のこの子は、こうしないと何がなんでも拒むのだ。
「ルーフェイアのおかげで、アヴァンでのホテル代も、浮いてるんだ。だから気にしなくていい」
理由らしきものも付け加えてやると、やっとルーフェイアは納得したようだった。
列車が止まる。軽い足取りで、ルーフェイアがホームに降り立った。座っていて疲れたのか、大きく伸びをしている。